そのひとりがエルヴィン・シュレーディンガーだった。彼は、シュレーディンガーの波動方程式や「シュレーディンガーの」で有名な理論物理学者でノーベル賞受賞者でもある。

 このコラムを読んでくださる読者ならご存じの方も多いかもしれないが、「シュレーディンガーの猫」というのは一種の思考実験で、量子論的な考え方が(私たちがふつう常識としている)因果論的な考え方といかに違ってみえるかを身近な例で示したものだ。外からは見えない箱の中に一匹の猫がいる。そこに、青酸カリの発生装置、それに連動したガイガーカウンター、そして放射性物質を置く。放射性物質が崩壊し、放射線が放出されると、ガイガーカウンターが検出し、青酸カリが発生する仕組みである。一定時間内に放射性物質が崩壊する確率は50%。すると箱の中の猫は(箱を開けてみないかぎり)生きている状態と死んでいる状態という、矛盾する事実が同時に重ね合わさっている状態にあることになる。これが量子論的な世界観というわけだ。

 なんとも狐につままれたような話なのだが、ここでの本題は別である。シュレーディンガーは晩年、アイルランドに亡命し、そこで一冊の本を書いた。タイトルはずばり『生命とは何か?』(What is life ?)である。(文/福岡伸一)

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福岡伸一

福岡伸一

福岡伸一(ふくおか・しんいち)/生物学者。青山学院大学教授、米国ロックフェラー大学客員教授。1959年東京都生まれ。京都大学卒。米国ハーバード大学医学部研究員、京都大学助教授を経て現職。著書『生物と無生物のあいだ』はサントリー学芸賞を受賞。『動的平衡』『ナチュラリスト―生命を愛でる人―』『フェルメール 隠された次元』、訳書『ドリトル先生航海記』ほか。

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