「現状維持は衰退」 車いすテニス国枝慎吾が35歳でピークを謳歌できる理由 (1/2) 〈AERA〉|AERA dot. (アエラドット)

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「現状維持は衰退」 車いすテニス国枝慎吾が35歳でピークを謳歌できる理由

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深澤友紀AERA#2020東京五輪
国枝慎吾/1984年、東京都出身。2009年にプロ転向した。リオ大会を境に、コートに入る前にはいつもGLAYの「SOUL LOVE」を聞くという(写真:gettyimages)

国枝慎吾/1984年、東京都出身。2009年にプロ転向した。リオ大会を境に、コートに入る前にはいつもGLAYの「SOUL LOVE」を聞くという(写真:gettyimages)

 車いすテニスプレーヤーの国枝慎吾選手が東京2020で金メダル奪還を目指す。ケガに悩まされたリオ・パラリンピックで3連覇を逃した後、様々な面から自己変革を重ねてきたという。国枝選手の強さの秘密をAERA 2019年12月30日-2020年1月6日合併号で解き明かす。

【写真特集】パラ競技の熱戦を支える各社の車いすがすごすぎる

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「オレは最強だ!」

 車いすテニスプレーヤー、国枝慎吾(35)=ユニクロ=のラケットには、こう記されている。

 パラリンピックで単複計三つの金メダルに加え、年間グランドスラムを5度も達成したレジェンド。リオ・パラリンピックではシングルス3連覇を逃し、35歳という年齢を鑑みても、選手としてのピークは過ぎたと見る向きもある。だが、国枝は笑みをたたえながら否定する。

「一番勝っていたときと、今の僕が対戦したら、おそらく今の僕が勝つと思うんですよ。それぐらい自分自身のテニスは間違いなくレベルが上がっている。純粋に競技力を見たときに、今がピークだと思いますね」

 記録上でも「全盛期」並みだ。国枝の年間優勝回数は10大会が最高だが、2019年は9大会を制した。

 初めて世界ランク1位になったのが06年。一時期右ひじのケガの影響でランキングが下がったものの、18年に再び1位に立ち、19年11月現在は2位につけている。彼がこれほど長い間強さを保ち続けられる理由は、変わることを恐れない姿勢にある。

 右ひじのケガに悩まされてリオ・パラリンピックで3連覇を逃した後、ラケットの持ち方を変えた。フォーム改造だけでなく、用具も一新。ラケットのメーカーを変え、自ら提案して国内車いすテニス選手で初めて尻を包み込むような「バケットシート」を採り入れた。

「お尻の型を取るので、車いすとの間に隙間がなくなり、体のぶれも減った。今は自由自在に体を傾けられる。車いすの反応がすごく良くなった」

 国枝の最大の武器であるチェアワーク(車いす操作)に磨きがかかった。


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