今回、一冊にまとまってみての印象を聞いてみた。
「いっぱい人が死んでるなと思いました。でも暗くない。9年前に子どもが生まれる際、出産に立ち会い、体中が震えるのを感じました。それを元に『ある一日』という“誕生”の話を書きました。出産は男性はできないし、子宮の機能を損なった女性もできないけど、今生きているのは全員、誕生できた人です。誕生って死と同じくらい深くて強い経験だと書きながら気付きました。生と死、向こう側とこちら側、風は回ってる。だから死はダメなものじゃなくて、こっちにサインを送ってくれている、そう思うんです」
タイトルは『マリアさま』だが、同名作品は本の中にない。それでもなぜだろう、違和感なく受け入れてしまう。
「編集者と話してる時にマリアさま、という言葉を聞き、それだ! と思いました。マリアさまからの“私の名前をお使いなさい”というサインだと。だからいただきました」
(ライター・北條一浩)
■リブロの野上由人のオススメの一冊
『多田尋子小説集 体温』は、かわいらしくも少し寂しげな大人の恋愛小説。リブロの野上由人さんは、同著の魅力を次のように寄せる。
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芥川賞の最多ノミネート記録といえば島田雅彦が単独首位だと思い込んでいたが、ほかにもいた。本書の著者、多田尋子も6回候補になっている。1932年生まれ。80~90年代に活躍し、今はもう書いていない。
2018年に横田創の『落としもの』を刊行し、日本文学のだいじなところを丁寧に拾ってみせる出版社として読書界に存在感を示した書肆汽水域。またしても驚くべき的確さで再び現代の読者に差し出したのは、実にかわいらしい、そして少し寂しげな大人の恋愛小説だ。
例えば収録作「秘密」。自立して、ひとりで生きていける。ひとりで生きていくと決めた。だけど、あの人にやさしくされたら、危ない。そういうことは、どうしたって、ある。その揺らぎを精密に書く。TBS火曜夜10時枠あたりで映像化希望。
※AERA 2019年12月23日号