平昌五輪で66年ぶりに連覇を達成した羽生にとって、前人未到のクワッドアクセル成功が現役選手を続ける最大のモチベーションでもある。羽生は言う。そのクワッドアクセルを「やるべき時がきたな」と。

 フリー前日の公式練習だった。ショートで大差をつけられて、羽生は葛藤していた。フリーから一夜明けた取材でその胸中を明かした。

「正直な気持ちを言ってしまうと、ショートが終わった後にわりと絶望していた。13点差というのは、ジャンプ1本増やしたからとか、4回転にしたからといって縮まるものじゃないっていうのはすごくわかってましたし。(チェンも)5回跳んでくるだろうなっていうことはすごくわかっていましたし、こんなプレッシャーでは絶対につぶれないっていう強さをすごく感じてもいましたので、やっぱり難しいなって感じはありました」

 とはいえ、滑っているのは、11歳の時に憧れたトリノ。

「ここで何か爪痕を残したいっていう気持ちがあった」

 と羽生。初めて試合の公式練習でクワッドアクセルに挑んだ。最初は空中で回転がほどけることが多かった。4回ほどパンクが続いた後、4回転半ジャンプを跳んだ。しかし、転倒。この日の練習で着氷することはできず、3度、転倒した。

「結果として跳べなかったですけど、あの練習はかなりいろんな覚悟を決めて。アクセルの練習をするのは、毎回そうなんですけど、いろんな覚悟は決めていて。やっぱり回転がまだ足りきってないジャンプの方が多いので。いつ、どこか痛めてもおかしくない着氷だったり、転倒をするリスクもありますし。この時期にケガしてる確率も高いので、そういう意味でも怖いなって。あとは、ほぼ試合を捨てるような覚悟でいってるんですよね。ここで無理をして力を出し切ったら、フリーまで持たないのはわかっていたんです」

 それでもクワッドアクセルに挑んだ。着氷することはできなかったが、トリノの地に間違いなくインパクトは残した。

「僕自身もここの舞台がきっかけでいろんなことがあって。スケートができて、(トリノが)憧れの地になって、五輪で優勝できてって、すべてがつながってきているので。(クワッドアクセルを)跳べはしなかったですけど、ある意味ここがまた自分にとってのきっかけの地になったかなと思います」

 夢の大技へ。羽生はゆっくりと歩を進めている。(朝日新聞スポーツ部・大西史恭)

AERA 2019年12月23日号