「ゴッホにとって非常に思い入れのある作品で、油絵も2点制作しています。本作はそれを基にゴッホが作ったリトグラフです。量産したら売れるだろうと考えていたのかもしれません」

「パイプと麦藁帽子の自画像」は34歳のころ、パリで描かれたもの。自画像には、画家のセルフプロデュースぶりを見る楽しみがあると林さんは言う。

「例えばゴーギャンは写真も自画像もかなり自意識過剰な感じがします。ルノワールは写真と自画像がよく似ており、ありのままの自分を描こうとしていたとわかる。そのなかでゴッホの自画像は百面相的です。ゴッホは生涯で40点ほどの自画像を残していますが、どれも常に実験的な手法を試しています」

 ハーグ派の影響で色彩が暗かった時代と比べて、明るい色調も特徴だ。

 肖像画もゴッホをひもとく上で興味深い。見たままを写すのではなく、その人のキャラクターを読み取り、描きこもうとしていた。「人の本質をつかむような肖像画を描きたい」という手紙からもその姿勢がうかがえる。

 そして圧巻は大作「糸杉」だ。うねるような独特のタッチで描かれた木は自然の神秘を感じさせる。幾重にも塗られた絵の具は、間近で見ると彫刻のようだ。

「糸杉は“死の象徴”と言われることもあり『晩年のゴッホはこの木に魅入られてしまったのではないか』という見方をする人もいます。でも私はうねるようなフォルムやその生命力に惹かれて描いたのだと思います」

 ゴッホには「狂気の人」というイメージもある。実際に精神科の療養施設に何度も入院し、自ら耳を切り落とす事件も起こした。だが彼の絵画は「精神が不安定だった」ゆえのものではないだろうと林さんは言う。

「ゴッホは描いていたときは平常心だったはずです。調子が悪い時には描いていないのです」

「薔薇」は亡くなる2カ月ほど前、精神科療養院に入院しているときに描かれた。緑のグラデーションで全体を調和させ、非常に高度な技で描かれている。

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