絵のデザインも難航した。ソン監督がこだわったのは「台湾のリアルさをどう出すか」。日系と米国系台湾人の2人のスタッフが最初に描いたのは、新海誠風や宮崎駿風だったりピクサー風だったり。

「日本は台湾より北にあり、光も空気も日本とは違う。なので、『それをそのまま描くのはやめてください』と言いました」

 キャラクターも日系スタッフから出てきた母親やおばあちゃんは日本人風。米国系スタッフが描いたのは、肩幅が広く顔と体が米国人風だった。そこで、ソン監督は自分の母や祖母、周囲から集めた母親や祖母たちの写真を机にばらまき、スタッフたちに徹底的に説明。キャラクター作りだけで約1年かかった。が、

「サウンドデザイナーが映画を見た時に『私のおばあちゃんにそっくり』と言ったんです。目標を達成できたと思いました。リアルでないアニメーションだからこそ、台湾人の誰もにそう言ってもらえることが重要でした」

 結果的に、納得いく映画ができたとソン監督。次作は実写。目指すは「ジャンルにこだわらず、娯楽性と社会性を兼ね備えた作品」だ。

◎「幸福路のチー」
悩みながらもたくましく今を生きる女性の姿を描く。東京・新宿シネマカリテほか全国順次公開中

■もう1本おすすめDVD 「藍色夏恋」

 ソン・シンイン監督が「幸福路のチー」で「天使」と評した台湾の人気俳優グイ・ルンメイの2002年のデビュー作。ノスタルジーをかき立てられる作品が少なくない台湾映画だが、本作も高校生の初々しい恋が甘酸っぱい記憶を蘇らせてくれる、ちょっぴりほろ苦い青春映画だ。

 女子高生のモン・クーロウ(ルンメイ)は、親友のリン・ユエチェン(リャン・シューホイ)に頼まれて、しぶしぶ彼女が恋する水泳部のチャン・シーハオ(チェン・ボーリン)にラブレターを渡すことに。ところが、チャンはモンが自分を好きなのだと勘違い。モンに恋した彼は交際を申し込むが、モンはチャンと付き合う気はない。それでもモンを諦められないチャンはアプローチを続け、モンも少しずつ心を開いていくが、モンはある思いを秘めていた。

 モン、チャン、リン。それぞれの思いが交差する切ない恋心。不器用でまっすぐで。人を思う純粋な気持ちは、性も人種も国籍も超えて見る者に響く。緑濃い台北の街を、モンとチャンが自転車に乗って爽やかに駆けるラストシーンは眩しい青春の一ページ。自分の暗い青春時代も上書きされるような気分になる。

◎「藍色夏恋」
発売元:マクザム+オリオフィルムズ
販売元:マクザム
価格4800円+税/DVD発売中

(フリーランス記者・坂口さゆり)

AERA 2019年12月9日号