そして、ユニークな特徴がある。人間が持つ多くのホルモンとは違い、生命維持には直接かかわっておらず、ゼロになっても直ちに死ぬことはないのだ。それでも、性徴以外にもテストステロンが果たす役割は大きい。

「役割を一言で言うと、“外へ出かけ、獲物をとり、帰ってくる”ホルモンです」(堀江医師)

 テストステロンは、狩りに出かけようと考える「意欲」、どこへ行けば獲物がいるかという「認知・判断」、そこへ行くまでの道を歩き、狩るための「筋力」、帰ってきて獲物を振る舞い、認められる「自己主張・自己実現」などに関係する。現代社会に当てはめると、仕事をして成果を上げ、認められることに関係するホルモンと言えるだろうか。

 こんな研究結果もある。獨協医科大学埼玉医療センター泌尿器科准教授の井手久満医師はこう話す。

「男性のテストステロン値と社会的な地位を調べた研究は多くあり、テストステロン値が高いほど“年収が高い”“運動能力が高い”“異性にもてる”“子どもをつくる能力が高い”ことが疫学的に証明されています」

 逆に、テストステロン値が減少すると表れやすいのが、気分の落ち込みや意欲の減退など「精神的症状」、筋力が落ちて太りやすくなる、疲れが取れないなどの「身体的症状」、性欲の減退や勃起不全、朝立ちの減少などの「性的症状」だ。

 冒頭の加藤さんは身体的、性的な症状は実感していなかったが、妻の勧めもあり、メンズヘルス外来のある近隣の医院を受診した。血液検査の結果、遊離型テストステロン値が診断基準とされる8.5pg/mlの4分の1ほどと低く、問診とあわせ「男性更年期障害」と診断された。

「原因がわかって、治療すればよくなるだろうという期待も持てたし、ホッとしました」

 加藤さんは診断を受けたときの心境をそう振り返る。現在は2週間に1度、テストステロンを補充する筋肉注射を続けている。症状は安定し、気分の落ち込みも少なくなった。(編集部・川口穣)

AERA 2019年12月9日号より抜粋

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川口穣

川口穣

ノンフィクションライター、AERA記者。著書『防災アプリ特務機関NERV 最強の災害情報インフラをつくったホワイトハッカーの10年』(平凡社)で第21回新潮ドキュメント賞候補。宮城県石巻市の災害公営住宅向け無料情報紙「石巻復興きずな新聞」副編集長も務める。

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