「たとえば『花粉症』を自称する患者の中から、『花粉症』ではない別の疾患、別の対応が必要な疾患の可能性を、薬剤師が見分けることができるのか、という問題が生じます。つまり薬剤師が患者の病態を見極め、『セルフメディケーション(自分自身の健康に責任を持ち、軽度な身体の不調は自分で手当てすること)で良いのか、あるいは病院受診を勧めるべきか』といった判断をする機会が増えることになると思います」

 ただ、児島さんには今回の健保連の提言に不安を感じる部分がある。保険適用外にする薬を、「OTCが存在するもの」に限定していることだ。

 たとえば「ロラタジン」や「フェキソフェナジン塩酸塩」は、他の薬に比べて眠気のリスクが小さいため、自動車運転に制限がなく、また、妊娠中や授乳中の安全性評価も高いといった特徴を持つ薬だ。そのため、これらにあたる花粉症の患者にとっては貴重な選択肢になっている。

「ところが、どちらもOTCが存在する薬ですので、保険を使えなくなる可能性がある。となると、『保険は使えるけど、安全性評価が低く眠気のリスクも大きい薬』を使うか、あるいは『安全性評価が高く眠気のリスクも小さいが、保険を使えない薬』を使うか、という選択を迫ることになってしまう。とても問題だと思います」

 つまり、用法や副作用リスク、食事の影響、妊娠・授乳中の安全性評価といった薬の性質ではなく「OTCが存在するかどうか=保険が使えるかどうか」といった点で薬を選ぶ世の中になってしまうのは、患者にとっても非常に不利益が大きいのではないか、と課題を提起する。

 今回の提言、実現するとすればいつごろになるのか。

 健保連理事の幸野庄司さんは、政府が医療や年金などの社会保障の改革に向け9月に設置した「全世代型社会保障検討会議」が打ち出す方向性次第で、実現までのスケジュール感が見えてくる、と話す。そしてさらにその先には、「花粉症薬に限らず、OTCのある医薬品で可能なものを保険適用外に」することも視野に入れているという。

「健保連の推計では、OTCがある医薬品の薬剤費は約8410億円。うち、医療の必要性が低い疾患への医薬品など保険適用から外せる可能性のある部分は2126億円と見ています」

 私たちの生活に直結するこの議論。大きな課題に向かう、まだほんの入り口に立ったところなのかもしれない。引き続き、注視が必要だ。薬剤師の児島さんは、こう指摘する。

「花粉症薬という多くの人が関係する話だから、すごく話題になりました。でもこれが患者の少ない疾患なら、話題にもならず知らないうちに決まってしまった、なんてこともあるかもしれません。たとえば『高齢者の負担割合を増やす』『小児の医療費補助をやめる』『高額ながん治療は保険を外す』などにまで対象が及んだとき、同じように関心をもって問題に対峙できるのかどうか。そこは少し気をつけておかないといけないと思います」

(編集部・小長光哲郎)

AERA 2019年11月25日号より抜粋

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小長光哲郎

小長光哲郎

ライター/AERA編集部 1966年、福岡県北九州市生まれ。月刊誌などの編集者を経て、2019年よりAERA編集部

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