マルティニスは期待に応えて、いくつもの量子ビットを組み合わせた量子コンピューターを作った。17年に米シリコンバレーで開催された「ビジネスのための量子コンピューター」というカンファレンスでは、49量子ビットの機械の稼働を発表した。この延長上にあるのが、今回の発表だった。

 21世紀に入ってIBMやグーグルなどの大企業に加えいろいろなベンチャーも参加して盛り上がっている量子コンピューター開発業界だが、ある不安からは逃れられなかった。それは「量子コンピューターは果たして役に立つのか?」という不安である。

 確かに量子コンピューターで使えるアルゴリズムは、素因数分解やデータベース検索、エラー訂正などいくつか発表されたが、私たちが今使っているコンピューターのように何でもできる汎用というわけではない。さらに、暗号解読のための素因数分解ができる量子コンピューターのハード構成は「2千個の量子ビットとそれをコントロールする10の11乗個の量子ゲートが必要」という見積もりがある。10から数十の量子ビットを作るだけでも息が切れているのに、1千個レベルのものなどいつできるかわからない。それでも開発に意味を持たせるために、「役に立つ量子コンピューターができる」という確実な証拠が必要だった。

 その不安を取り除くために、量子コンピューターは今のフォン・ノイマン型コンピューター(こういう文脈では古典コンピューターと呼ばれる)よりもとにかく速い、高速で計算できることの提示が必須とされてきた。これもなかなか難しい問題だ。量子コンピューターのほうが古典コンピューターよりも速く解けるというのは、実はその古典コンピューターによる解法がたまたまベストの方法ではなかったからということもある。

 そこで提唱されたのが「量子超越」である。この言葉をつくったのは、米カリフォルニア工科大学で素粒子理論と量子計算理論を研究するジョン・プレスキルだった。「一般に、マクロな世界を説明する古典システムはミクロな世界を成り立たせている量子システムを真似できないだろう。数十個程度の少ない量子ビットしか持たない弱々しい量子コンピューターでも、古典コンピューターが真似できないなら、それは量子コンピューターのほうが強力だということになる」という主張である。

 この「量子超越」を実現させた、というのが今回のマルティニス率いるグーグルチームの主張である。

 ジョセフソン接合素子を組み込んだ超伝導量子ビット53個(並べたのは54個だったが、一つ故障したという)を二次元的に配列し、ネットワーク状に結合させた量子コンピューター「シカモア(米国でよく見られるスズカケノキのこと)」に何をさせるか?

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