『小箱』(1500円+税/朝日新聞出版)/ガラスの小箱のなか、亡くなった子どもたちの魂は成長し続ける。慈しみ悼む人たちに死者が届けてくれる幸せ(撮影/写真部・張溢文)
『小箱』(1500円+税/朝日新聞出版)/ガラスの小箱のなか、亡くなった子どもたちの魂は成長し続ける。慈しみ悼む人たちに死者が届けてくれる幸せ(撮影/写真部・張溢文)

 作家の小川洋子さんが新作の長編『小箱』を上梓した。作品の舞台は元幼稚園で、その講堂にはびっしりとガラスの小箱が置かれている。それは「死んだ子どもの未来を保存するための箱」。語り手の「私」は元幼稚園に暮らし、番人のように小箱や、訪れる親たちを見守る。着想の背景には、若くして亡くなったわが子が死後の世界で結婚できるよう、結婚式の様子を描いてお寺に奉納する「ムカサリ絵馬」という東北の風習がある。死のにおいがする同作品は、多くの人にとって忘れることのできないあの出来事を想起させる。AERA 2019年11月18日号に掲載された記事を紹介する。

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『小箱』のなかで印象的な場面のひとつが、親たちの「一人一人の音楽会」だ。子どもの遺髪を弦にした竪琴、遺骨の風鈴といった小さな楽器を親が自らの耳たぶにつける。西風に吹かれ、耳元で味わうのは、子どもの声だ。それは小さな声かもしれないけれど、死んでも子どもを育てたいという親心に死んだ子どもがこたえる。親子の思いが行き来する。

 別の日の音楽会では、つむじ風が吹いて耳たぶの小さな楽器を吹き飛ばしてしまう。親たちは血眼になり、はいつくばって、わが子の楽器をさがしまどう。大地震で津波にさらわれた子どもをさがす親の姿が、重なって浮かぶようだった。

「大きな災害や事故に遭ったとき、のこされた者は、大切な人の一部でもいい、小指の先でもいいとさがし求めます。その気持ちと箱に未来をおさめる気持ちは同じことかなあって」(小川さん)

 この作品を手にしたとき、2011年3月にひきもどされる思いがした。小川さんからひとつの返事を受けとった気がしたからだ。

 東日本大震災から1カ月ほどあとのことだった。当時出版された『人質の朗読会』について小川さんにインタビューする機会があり、大震災について問いかけた。遠く離れた私たちにできることは何度も思い出すことかもしれない、と小川さんは話した。大震災に触れる著作となると……。

「時間が必要ですね」

 そのようなこたえだった。そしていま、『小箱』を読んで被災地に思いをはせている。物語の設定は東北とは書かれていないけれど。

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