「名もなき家事」は、家庭の誰かが倒れてはじめてその存在に気づかされる。『やってもやっても終わらない名もなき家事に名前をつけたらその多さに驚いた。』の著書があるコピーライター・梅田悟司さんもその一人だ。家庭の危機をどう乗り切ったのかを聞いた。AERA 2019年11月18日号に掲載された記事を紹介する。
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主に家事を担っていた人がこれまで通り担えなくなる、という事態が、僕にとっては妻の出産でした。家事とはすなわち料理、洗濯、掃除、買い物だと思っていて、専業主婦の妻から事前にレクチャーを受けていたので準備は万端のはずでした。
ところが、実際に家事の当事者になってみると、存在すら知らなかった「名もなき家事」が山のように積み上がったのです。自著でも紹介している「手洗いにするか洗濯機に放りこむか判断する家事」「タッパーのフタと容器を正しく組み合わせる家事」など、体を動かすだけでない「考える家事」が頭から離れることがありません。
こうした名もなき家事は、周囲には理解されませんし、やっている本人すら意識していません。これらをリストアップして可視化すれば、主に二つのメリットを得られます。
一つは担っている人自身が「こんなにたくさんの家事がある」と認識することで、自己肯定感を得られることです。「何もしないまま1日が終わった」と思っていても、実は多くの家事をこなしているはずで、頑張った自分をねぎらっていいのです。
もう一つは、家事をシェアしやすくなることです。存在を明らかにすれば説明もしやすくなり、やっていない方がチャレンジすることも可能になります。同時に、担ってくれているパートナーに感謝する気持ちが生まれるので、シェアしようとする気持ちも生まれてくるはずです。
自著では、タッパーのフタと容器を組み合わせる家事を「タッパー神経衰弱」と命名しました。家事シェアの話は夫婦げんかに発展しがちですが、ユニークな「名づけ」を通して対立ではない、前向きなコミュニケーションを始めてみてはいかがでしょうか。
(ライター・森田悦子)
※AERA 2019年11月18日号