渡部さんを支援する、一般社団法人「つくろい東京ファンド」代表理事で、立教大学大学院特任准教授(居住福祉論)も務める稲葉剛さん(50)は、非正規雇用の増加が背景にあると言う。

「非正規で働く若者は年収200万円前後の人たちが多い。いわゆるワーキングプア状態の彼らは、一応収入があるのでホームレスにはならなくて済むが、アパートを借りる敷金・礼金などの初期費用を賄うことができない。そのためネットカフェやサウナ、友人宅、時にはレンタルルームや倉庫といった『違法貸しルーム』など、不安定な居場所から抜け出せないでいます」

 日本で「ホームレス」と定義されている「屋根がない状態」にある人は「氷山の一角」に過ぎず、実際にはその背後でさらに多くの人が不安定居住の状態にあるという。

「特に都市部では、住宅を確保する際の初期費用が高いという問題点があります。安心して暮らせる家を失った若者は、都市を中心に増えています」(稲葉さん)

 しかし、若い生活困窮者に対する住宅支援は遅れている。国の住宅関連給付には生活困窮者自立支援制度による「住居確保給付金」があるが、対象となるのは失業中の人たちだ。働きながらネットカフェなどで寝泊まりしている人たちは対象外となる。こうした「制度の狭間(はざま)」にいる若者は、少なくない。

「ここがなければ、家から抜け出すことはできませんでした」

都内の会社員の女性(24)は振り返る。昨年5月までの約2年間、西東京市にあるシェアハウス「の足あと」で暮らした。

女性は母親と妹の3人で暮らしていた。しかし、母親は体が弱く無収入。収入は、亡くなった父親の遺族年金や時々親戚から受ける金銭的援助、そして女性のアルバイト代。家に帰るといつも母親から「お金がない」と言われた。女性がもらっていた奨学金も、妹の学費に回された。

「家は、とても暗い場所でした」

女性は現実から目を背けたくて家を出たいと考えていたが、部屋を借りるお金も頼れる人も、支援してくれる制度もなかった。大学4年の時、大学のゼミを通じて知ったのが猫の足あとだった。

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