自分の部屋でくつろぐ渡部よしきさん(32)。若い生活困窮者に対する住宅支援は、都市部を中心に遅れている(撮影/写真部・掛祥葉子)
自分の部屋でくつろぐ渡部よしきさん(32)。若い生活困窮者に対する住宅支援は、都市部を中心に遅れている(撮影/写真部・掛祥葉子)
西東京市にある支援ハウス「猫の足あと」。1階の共有スペースでは、近所の小中学生向けの無料の学習塾も開かれる(撮影/編集部・野村昌二)
西東京市にある支援ハウス「猫の足あと」。1階の共有スペースでは、近所の小中学生向けの無料の学習塾も開かれる(撮影/編集部・野村昌二)
「住まいの貧困」は見えにくい(AERA 2019年10月28日号より)
「住まいの貧困」は見えにくい(AERA 2019年10月28日号より)

 安心して暮らせる「家」をなくす若者が増えている。だが、日本の住宅支援は大きく立ち遅れているのが現状だ。AERA 2019年10月28日号に掲載された記事を紹介する。

【写真】西東京市にある支援ハウス「猫の足あと」

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 東京都内の1Kのアパートに、午後の明るい日差しが差し込んでくる。

「角部屋なので、静かな環境が気に入っています」

 渡部よしきさん(32)は穏やかな表情で話す。部屋の広さは6.5畳。マットレスとリサイクル店で買ったという冷蔵庫と電子レンジがあるくらいだが、ようやく手にいれた「家」だ。

 東北出身の渡部さんは、高校を卒業すると北陸の専門学校に進み、卒業後はそのまま地元の会社に就職した。しかし社内でパワハラやいじめに遭い、6年勤めて辞めた。一度実家に戻ったが、居場所がなく東京に出てきた。26歳の時だった。

 正社員の職が見つからず、派遣の仕事を転々とした。工場、倉庫、コールセンター……。時給は1千~1300円で、収入は月16万円程度。アパートを借りたこともあったが、家賃を払えなくなると、敷金・礼金不要のネットルームを利用した。広さは2畳ほどで、窓はなくパソコンを置いた机と座椅子があるだけ。1泊2400円。生活は綱渡りだった。

 都内のネットルームで寝泊まりしていた2017年3月、渡部さんは派遣元に週払いの給与を請求するのを忘れ、無一文に。路上生活が頭をよぎったが、住まいの悩み相談を受け付ける「無料相談会」をネットで見つけ、緊急一時宿泊施設のシェルターを紹介された。シェルターに入り、生活保護も受けられるようになった同年7月、このアパートを借りることができたという。

 うつと診断され、今は精神科に通いながらカウンセリングも受け、自分にできる仕事を探す。

 楽しみは、部屋での筋トレ。8カ月で20キロ近い減量に成功したと、笑顔を見せた。

「落ち着いて生活できている感じ。ここは、僕の居場所です」

 住まいは、人間が安心して生活をする上で最も大切な基盤だ。だが、その基盤が今、揺らいでいる。若者を中心に、「安心」で「安全」な居場所がない「住まいの貧困(ハウジングプア)」に陥る人が増えているのだ。都が16年末から17年にかけ行った調査では、都内のネットカフェやネットルーム、サウナなどで平日寝泊まりしている「ネットカフェ難民」の数は約4千人と、10年前の約2倍。年代別では20代と30代で5割を占めた。

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野村昌二

野村昌二

ニュース週刊誌『AERA』記者。格差、貧困、マイノリティの問題を中心に、ときどきサブカルなども書いています。著書に『ぼくたちクルド人』。大切にしたのは、人が幸せに生きる権利。

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