さて、“現代”では、永山の知人でイラストレーターの仲野と、芸人でありながら芥川賞作家の影島という2人の人物が繰り広げるケンカを軸に、永山の日常が描かれる。そして物語の終盤、永山は父親が住む沖縄に向かい自らのルーツをたどる。沖縄は又吉さんの本籍地だ。

 永山と、又吉さん──。読者は、この2人を重ね合わせるように読み進めることになる。物語の最後で永山は言う。

<自分は人間が拙い>

 又吉さんにとって人間とは何ですか? 最後に問うと、

「真剣にしゃべっている人の歯に海苔がついているとか。要は、ズレですね」

 いたずらっぽく、微笑んだ。(編集部・野村昌二)

■Pebbles Booksの久禮亮太さんの川原敏治さんのオススメの一冊

『モスクワの伯爵』は、あの名作を彷彿させる「元伯爵」の生涯を描いた一冊だ。Pebbles Booksの久禮亮太さんは、同著の魅力を次のように寄せる。

*  *  *

 カズオ・イシグロの『日の名残り』の、あの抑制の利いた言葉から哀切とユーモアが滲む雰囲気が好きなら、ぜひ読んでもらいたい。近代史と個人史を重ね、戦間期の激流に翻弄されながら19世紀的優雅さと個人の尊厳を持って生き抜こうとする人々の姿も、あの名作を彷彿とさせる。

 本作は、1917年のロシア革命により身分を剥奪され、ホテルに軟禁の刑を受けた元伯爵の半生を描く。外に一歩出れば銃殺を免れない彼は、32年をホテルの中だけで給仕長として過ごす。しかしつねに思慮深さと陽気さを失わず、人と交わり、生を謳歌する。多彩な脇役たちとともに描かれたその生涯は最晩年まで魅力的で、私たちにページをめくらせ続ける。

 彼のモットー、「自らの境遇の奴隷となってはならない」という言葉が、私たちに突きつけられたようで胸に迫る。

AERA 2019年10月28日号