「父は必要なカオスだった」もがき苦しんだ家族関係…内田也哉子が明かす

AERA
 内田也哉子さんが、母・樹木希林さんと父・内田裕也さんの関係や家族への葛藤の末にたどり着いた答えを明かす。AERA 2019年10月14日号に掲載された記事を紹介する。

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――昨年の9月、母・樹木希林(享年75)を亡くし、その半年後、後を追うように父・内田裕也(同79)も逝った。

 父と母の関係は娘の私にとってもミステリーでした。両親は私が生まれる1カ月前に別居し、40年以上、別居婚を続けました。結婚後、けんかが絶えず、包丁が飛び交うようになり、命にかかわると別居に踏み切ったそうです。

 父とは年に1、2回会う関係でしたが、酔っ払って朝方、私たちの家に押しかけてくることもありました。大声で怒鳴ったり、ものを壊したり、道路でわめいたり。そんな人を父として認めることは子ども心につらく、トラウマになっていました。でも、母は父の悪口を一切口にせず、折に触れ「尊敬に値する人」だと私に言い聞かせました。

 それでも思春期になると「なぜ別れないのか?」「なぜ家族の役割を果たさない人をそんなに大事にするの?」と母に反発するようになりました。すると、「あのね」と本当のことを話してくれるようになりました。20代の後半、虚無と向き合った経験も、そのひとつでした。

 母は22歳のとき俳優の故・岸田森(しん)さんと最初の結婚をしました。平和で穏やかで、何もかも揃っている。絵に描いたような幸せな家庭だったそうです。ところが、母はその幸せに飽き足らず26歳で離婚してしまいます。心の中のブラックホールにとらわれ、暗闇のどん底まで沈み、息をすることすらつらかったと言います。「生きる意味」を求め、古今東西の哲学や思想、宗教の本を読みあさりました。

 そうして達した境地が、心の中のブラックホールをなくすことはできない。ブラックホールを紛らわすくらい大変なものと向き合わなければ、生きた心地は得られない。そして出会ったのが“カオスの塊”とでも言うべき、父・内田裕也でした。

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