「冬」は、田の半分が荒れ果てた状態だ。うつ病になった時、脳の中は多くの神経細胞が死んでしまい、生きている細胞も半死半生の状態に。神経細胞間の情報伝達を担う、神経伝達物質も少なくなる。この時期に、適切な薬をしっかり飲めば4カ月ほどで症状が和らいでいく。

 冬を抜けた「春」。まだ不安定な時期で、三寒四温のゆらぎの時期が4カ月ほど続く。

 急性期が終わった「初夏」には、症状がほとんど消える。ただし、自分が思うほどには能力が回復していないのが現状。無理をしたり、「治った」と治療をやめたりする患者もいる。川村医師は、「初夏の時期は要注意。この1~2カ月は、回復に向かうか、再発の道に戻ってしまうかの分かれ目」と注意を促す。

「夏」を迎えると、仕事や家事も以前のようにできるようになる。症状が落ち着く「寛解(かんかい)」の段階だ。ただ、荒れた田んぼはなくなっても、神経伝達物質は少ない。回復とはまだ言えない。

 稲がたわわにみのる「秋」。田を耕す「応援団」だった薬が役目を終え、治療は終了する。

 この5段階のプロセスで、約2年。冬に飲み始めた薬は、夏ごろから少しずつ減らしていき、「秋まで来られたら全員が卒業します」と川村医師。

「再発すれば、また冬から治療のやり直しになり、治るまで長引く。結局、じっくり治療に取り組むのが一番近道なのです」

 治療中の人が5段階のどの時期にいるのか。薬が効いているか。薬を減らしたりやめたりしていいか。治療の節目節目の客観的な指標とするため、先述のPEA濃度の測定を実施している。追加の研究は必要だが、「将来は脳ドックのように、うつ病のリスクをあぶり出す健診としてこの検査が使える可能性もある」と川村医師は考えている。

「1.46μM」より低いとうつ病である可能性が高い。薬を飲んでいない77人を対象にした結果では、うつ病の人を「うつ病である」と正しく診断できた確率(感度)は88・1%。逆に、うつ病でない人を「うつ病でない」と正しく診断できた確率(特異度)は88・6%だった。

 冒頭の村井さんも、時期ごとに量ってきた。初診時の値は1.27μM。5カ月後には1.92μMと、健康な人や回復期にある人の圏内に入った。初診から14カ月後には、2.12μMまで上昇。この段階で、川村医師から“卒業”のお墨付きをもらった。

「自分が回復したなという感覚と数値とが、ピタッと一致した感じ。それがものすごく安心感につながりましたね」(村井さん)

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