アメリカの男女別子育て本の例。左の2冊は男の子向け、右の2冊は女の子向けです(写真/本人提供)
アメリカの男女別子育て本の例。左の2冊は男の子向け、右の2冊は女の子向けです(写真/本人提供)

 現在発売中の『AERA with Baby』、特集テーマは「男の子女の子の子育て」です。記事はこんな趣旨で作られています。ちょっと抜粋しますね。

『男女平等のこの時代に男女で育て方を変えるなんてナンセンス、そんな声も聞こえそうですが、この特集で伝えたいのは「男の子らしさ」や「女の子らしさ」を押し付けた子育てをしようということでは決してありません。身体的、情緒的傾向や特徴を知ったら、子育ての助けになるはずなので、賢く参考にしましょうということです。』

 ほんとに心から同意、女の子と男の子を育てているいち母親としても、男女の違いを理解したうえでジェンダーレスに育てていきたいと強く思うのですが、子どもを産む前はこの視点を持てませんでした。

 わたしは前職で育児書の編集者をしておりまして、入社した2010年当時、ちょうど男の子育て・女の子育ての本がよく売れていました。男女によって育て方を変えようというのはいつの時代も育児書界の定番テーマで、特に「男の子の育て方」は鉄板の売れ筋です。育児書の読者は大半がお母さんで、異性である男の子の育て方に悩むことが多いからです。ところが、単に「男の子の育て方」では既刊と差別化できないということなのでしょう、2010年前後に「○○〇な男の子の育て方」「△△△な女の子の育て方」とより踏み込んだ本が出てきて、ベストセラーになったのです。

 具体的な書名を出すのは控えますが、男の子の育て方には「仕事」「学力」「成功」といったキーワードが、女の子の育て方には「愛される」「幸せ」「優しい」などのキーワードがつきました。古今東西、世の中には「男の子は、勉強と仕事ができる成功者に」「女の子は、そんな男の子に愛されるお嫁さんに」のような価値観が存在していますが、育児書がその旧態依然とした価値観を肯定してしまっているかのようでした。

 売れる本を作るには、読者の潜在ニーズをくすぐる必要があると言われます。潜在ニーズとは「簡単にやせたい」「運気を上げたい」といった前向きな願望から、「病気になったらどうしよう」「部下に嫌われたら嫌だな」といった後ろ向きな不安まであります。2010年は新卒の売り手市場が就職氷河期に切り替わった年でした。「成功する男の子」「愛される女の子」のような本が売れたのは、「息子が食いっぱぐれたらどうしよう」「娘が幸せな結婚をできなかったら大変だ」といった不安の高まりが背景にあったのかもしれません。その不安は2020年を目の前にした今もはびこっているように思います。

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大井美紗子

大井美紗子

大井美紗子(おおい・みさこ)/ライター・翻訳業。1986年長野県生まれ。大阪大学文学部英米文学・英語学専攻卒業後、書籍編集者を経てフリーに。アメリカで約5年暮らし、最近、日本に帰国。娘、息子、夫と東京在住。ツイッター:@misakohi

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