「多くの医師は、『十分な情報を患者に伝えれば、患者は正しい判断ができる』という『合理的患者像』を想定しています。だから、専門用語や統計を交え、早口でたくさんの情報を伝えようとし、それが『丁寧な説明』だと思っています。ところが、患者は情報が多すぎたり選択肢が多すぎたりすると、逆に選べなくなる。患者が期待しているのは、わかりやすい表現と、それほど多くない選択肢。つまり『意思決定がしやすい説明』です」(大竹教授)

 また、医師は「医学的に正しい情報を伝えれば、どんな表現であっても正しく伝わる」と考えがちだが、患者側が重視するのは表現のほうだという。

「行動経済学では、人間は損失を強調されると、その選択肢を選びたがらないことがわかっています。『手術の成功率は80%』と言うのか、『失敗率は20%』と言うのか。医師は慎重に物事を進めたいので失敗の『20%』を強調しがちですが、それでは患者は選びたくなくなるのです。同じ内容でも、伝え方ひとつで行動が変わるのが人間です。そこに思いが至らない医師は多いと思います」(同)

「伝え方」には、言葉だけでなく態度も含まれる。冒頭の中山医師も、手術を拒否した女性患者とのやりとりをこう振り返る。

「こんなに治療の必要性を説明しているのに、なぜわかってくれないんだとイライラする気持ちもあった。それが態度に出てしまっていたかもしれない」

 今では中山医師は、治療方針や病状を伝える際にも、個々の患者が本当に必要としている情報は何か、それをいつどのように伝えるかを熟慮する。

「抗がん剤もメリットとデメリットを並列に並べて、『さあ決めてください』と言っても選べない人が多い。その場合、その人が人生や生活の中で何を大切にしているかなどを聞き取った上で、『オススメ』とその医学的な根拠を言うようにしています」(中山医師)

(編集部・石臥薫子、小長光哲郎)

AERA 2019年9月23日号より抜粋

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小長光哲郎

小長光哲郎

ライター/AERA編集部 1966年、福岡県北九州市生まれ。月刊誌などの編集者を経て、2019年よりAERA編集部

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