深夜から早朝、富士山の山頂付近は「頂上でご来光」を目指す人で混雑し、ヘッドランプの列がはるか下まで続く。2018年8月13日午前3時、吉田・須走口山頂から撮影(写真:小岩井大輔さん提供)
深夜から早朝、富士山の山頂付近は「頂上でご来光」を目指す人で混雑し、ヘッドランプの列がはるか下まで続く。2018年8月13日午前3時、吉田・須走口山頂から撮影(写真:小岩井大輔さん提供)

 落石による痛ましい事故で沸き起こる富士山「入山規制」の是非。安全に、かつ快適に登るために考えなければならないこととは何か。

【ご来光見たさに登山者でごった返す吉田・須走口付近の写真はこちら】

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「すごい渋滞でした。暗いし寒いし、高山病か頭も痛くて……。前が詰まって進めないのに下からは怒鳴り声が聞こえてくるし、一緒に行った彼女は機嫌最悪。ちょっとした地獄絵図でした」

 8月に富士山に登った東京都在住の男性(35)は、苦笑いしながら振り返る。男性が登った吉田ルートは富士山登山者のおよそ7割が集中する人気ルート。晴天が見込める休日ともなれば、早朝、山頂でご来光を見ようとする人の長い渋滞ができる。8月26日には、そんな渋滞のさなかで29歳のロシア人女性が落石にあい、亡くなった。

 登山ガイドの野中径隆(みちたか)さんは、渋滞の危険性をこう指摘する。

「渋滞が起きると、登山ルートを外れて落石の危険が多い場所を登ろうとする人が出てきます。これは違反ですが、根本原因が渋滞なのは明らか。また、大勢が密集する山頂付近でひとりがバランスを崩すと、将棋倒しのように大事故につながる可能性もあると思います」

 富士山の渋滞は10年以上続いていて、以前から「特定の日に人が集中する」と野中さんは指摘する。

 山梨県では吉田ルートからの登山者が4千人を超える日を「著しい混雑」が発生する目安と定めている。それを1シーズン3日以下にすることを目標としているが、2018年に4千人を超えたのは計6日。登山者の総数は減っているのに、過去5年で最多だった。3千人を超えた日もこれ以外に9日あった。

 落石事故の報を受け、ネット上などでは富士山に入山規制をかけるべきだとの声が沸き上がっている。冒頭の男性も、「トータルではいい思い出」と振り返りながらも規制に賛成する。

「強制的にでも規制してくれた方が登る人は快適だし、登れなくても諦められます」

 一方、登山道を管轄する山梨県は、渋滞緩和は必要としながらも入山規制は考えていないとする。県の担当者が言う。

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川口穣

川口穣

ノンフィクションライター、AERA記者。著書『防災アプリ特務機関NERV 最強の災害情報インフラをつくったホワイトハッカーの10年』(平凡社)で第21回新潮ドキュメント賞候補。宮城県石巻市の災害公営住宅向け無料情報紙「石巻復興きずな新聞」副編集長も務める。

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