稲垣えみ子(いながき・えみこ)/1965年生まれ。元朝日新聞記者。超節電生活。近著2冊『アフロえみ子の四季の食卓』(マガジンハウス)、『人生はどこでもドア リヨンの14日間』(東洋経済新報社)を刊行
稲垣えみ子(いながき・えみこ)/1965年生まれ。元朝日新聞記者。超節電生活。近著2冊『アフロえみ子の四季の食卓』(マガジンハウス)、『人生はどこでもドア リヨンの14日間』(東洋経済新報社)を刊行
老眼なので楽譜は拡大コピー。皆に笑われるがそんなこと言ってる場合じゃない(写真:本人提供)
老眼なので楽譜は拡大コピー。皆に笑われるがそんなこと言ってる場合じゃない(写真:本人提供)

 元朝日新聞記者でアフロヘア-がトレードマークの稲垣えみ子さんが「AERA」で連載する「アフロ画報」をお届けします。50歳を過ぎ、思い切って早期退職。新たな生活へと飛び出した日々に起こる出来事をつづります。

【写真】老眼だから楽譜は拡大コピー?

*  *  *

 この夏の思い出ツートップは、近所の夏祭りでの人生初の盆踊りデビュー、そして何といっても、40年ぶりにピアノの発表会に出たことである。

 いやー……えらい体験であった。

 直前1カ月は人生棒に振ったと言っても過言ではない。緊張のあまり仕事もなにも手につきゃしない。旅行先の台南でも練習練習また練習。直前には「全く準備できていないのに本番になり大パニック」というわかりやすい悪夢まで見る。小学生か? イヤ小学生の時は緊張などせず張り切って弾いていた発表会。何なんでしょう大人って。進歩したつもりがハッキリと退化しているではないか。

 つまりは見栄である。失敗して恥をかきたくないという小さすぎるプライドだけを身につけて半世紀。わかっちゃいるんだ。でもそこから逃れられない。

 そして、どうしていいかわからぬまま現実の本番となる。手に汗をかきながら会場へトボトボ出かけると、そこには私と同様、緊張しまくっている大人の群れがいた。皆ステージでは多分普段はやらないであろうミスを頻発、手は震え、立ち往生。そんな姿を延々と見る。心臓に悪い。緊張がうつって首までガチガチ。出番は近づく。えーっと私、こんな状態で弾くの? 一体どーすりゃいいんだ!?

 だがしかし。次第に妙な心境になってきたのである。

 なんだかんだいって舞台から片時も目が離せない。ドレスの女性も蝶ネクタイのおじさんも、パニックの中でなんとか弾き切ろうと120%必死である。それはどうやったって感動的だった。誰もいい年をして、こんなところで恥をかく必要なんてないのである。奇跡的にうまくいったところで金になるわけでも何でもない。それなのに、みな恐怖を乗り越えてこの場に来たのだ。こんな勇者の群れを私は見たことがあったろうか?

 そして必死の演奏とは、ミスをしようが間違いなく美しいのであった。そう思ったら、ああなんとか平常心で弾けたのである。何か大切なことを学んだ一日であった。

AERA 2019年9月9日号

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稲垣えみ子

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稲垣えみ子(いながき・えみこ)/1965年生まれ。元朝日新聞記者。超節電生活。近著2冊『アフロえみ子の四季の食卓』(マガジンハウス)、『人生はどこでもドア リヨンの14日間』(東洋経済新報社)を刊行

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