「展示内容は専門家に任せる。そして、任せたからには信頼し、そこに成立した空間をともに守るのが、本来の原則です」(志田教授)

 今回の芸術祭の総事業費は約12億円で、愛知県が6億円、名古屋市が2億円を負担。国からも約7800万円の補助金が支出される予定だ。この補助金をめぐって菅義偉内閣官房長官が8月2日の会見で「補助金交付の決定にあたっては、事実関係を確認、精査して適切に対応したい」と発言した。

 志田教授は「萎縮効果」を懸念する。

「多くの文化・芸術イベントにとって、公的助成は運営の根幹にかかわります。今回の芸術祭に限らず、文化・芸術に携わる運営関係者は、政府の意向に合うタイプの作品を選ばないと公的助成を得られないのか、と敏感な心理状態になったとしてもおかしくはありません」
 一方、映画監督の森達也さん(63)は言う。

「こうした脅迫は過去にもあったけれど、展示中止という事例はまれでした。この10年ほど、いろんなところで政治にかかわる作品が展示できなくなっています。映画も同様です。これは日本全体が保守化したからなのか。僕は違うと思います」

 万が一のことが起きたらどうするんだという声に屈してしまうのは、社会全体の不安感の高まりの表れだと森さんは見る。

「外交や安全保障の分野でも、隣国の侵略やミサイル攻撃のリスクに身構え、国家と一緒になって反発する人が増えています。常に周りの『敵』におびえる不健全な『セキュリティー感覚の高揚』が社会を覆う状況にもっと意識的になるべきでしょう」

(編集部・渡辺豪)

AERA 2019年9月9日号

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渡辺豪

渡辺豪

ニュース週刊誌『AERA』記者。毎日新聞、沖縄タイムス記者を経てフリー。著書に『「アメとムチ」の構図~普天間移設の内幕~』(第14回平和・協同ジャーナリスト基金奨励賞)、『波よ鎮まれ~尖閣への視座~』(第13回石橋湛山記念早稲田ジャーナリズム大賞)など。毎日新聞で「沖縄論壇時評」を連載中(2017年~)。沖縄論考サイトOKIRON/オキロンのコア・エディター。沖縄以外のことも幅広く取材・執筆します。

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