その武藤星児がアレンジとプロデュースを担当したアルバムがリリースされた。℃-want you!(シー・ウォンチュ!)と名乗る女性アーティストのファースト・アルバム「℃-want you!」である。

 ファーストとは言っても、彼女は現在、「住所不定無職」と「Magic,Drums & Love」というグループのメンバー。バンド活動と平行して発表していたデモ音源がジワジワと話題になり、2年前に℃-want you!として7インチ・シングルでソロ・デビューすることとなった。

  このアナログ・レコードでのリリース(しかも7インチ・シングル3枚連続!)をサポートしたのが、「レコスケ」などで知られる漫画家・本秀康(もと・ひでやす)による音楽レーベル「雷音レコード」だ。自他共に認める熱烈な音楽ファンで、中でもジョージ・ハリスン(ビートルズ)については世界でも指折りのマニアのこの本(もと)が、℃-want you!の初期から根気よく作業をバックアップ、アドバイスしていたことも大きかったのだろう。

 ℃-want you!の人懐こくキャッチーなフックを持った曲は、作品を重ねるにつれ、みるみるうちに現代的なポップスに変化していった。そこに尽力したのがアレンジのみならずプロデュースまで担当した武藤星児だ。

 ボーナス・トラック1曲を含む全11曲入りのアルバム「℃-want you!」は、全曲(1曲のみ共作)を作詞作曲するなどポップ・ソングライターとして類いまれな才能を持つ℃-want you!本人と、レーベル・オーナーでありアドバイザーでもある本(もと)、そして百戦錬磨の編曲仕事を積み上げてきた武藤が三位一体となって完成させたような、ある意味でチームの勝利と言ってもいい作品だ。

 舌足らずな可愛らしいボーカル、どこか懐かしいメロディーやコーラス、キッチュなアレンジはどこまでもオールディーズ調だが、録音や演奏は驚くほど強度が高い。それこそAKB48グループ界隈のJポップと並んでもまったく引けを取らないタフな音作りになっているのが特徴だ。ゲストとしてベテランの杉真理、牛尾健太(おとぎ話)も参加している。

 シュープリームス、ロネッツなどのガール・ポップの遺伝子がタイムワープして現在のJポップ・シーンの中でキラキラと輝いている、そんなクラクラするような嬉しい錯覚に陥ってしまう。

 武藤がそんなプロデュース作業を意識的におこなっていたのかどうかはわからないが、結果としてこの「℃-want you!」はポップス黎明期の輝きをJポップに落とし込んだ一枚となった。それも、あくまでカジュアルで入りやすい大衆ポップスとして。ヒット・チャートに忽然とこのアルバムが現れても、おそらくまったく不思議ではないし違和感もないはずだ。そんな日が訪れることを願っている。(文/岡村詩野)

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岡村詩野

岡村詩野

岡村詩野(おかむら・しの)/1967年、東京都生まれ。音楽評論家。音楽メディア『TURN』編集長/プロデューサー。「ミュージック・マガジン」「VOGUE NIPPON」など多数のメディアで執筆中。京都精華大学非常勤講師、ラジオ番組「Imaginary Line」(FM京都)パーソナリティー、音楽ライター講座(オトトイの学校)講師も務める

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