「親亡き後に息子がどうやったら生きていけるのか、ずっと考えてきました。2年ほど前から、資金的にも私の年齢的にも限界は近いと感じていて……」(母親)

 今年3月、内閣府は、定職がなく半年以上閉じこもっている「ひきこもり状態」の中高年(40~64歳)が、全国に推計61万3千人いるとの調査結果を公表した。この数は、別調査の15~39歳の引きこもり数(推計約54万人)を上回る。「ひきこもり状態」にあり自活できない子を、親が世話する。だが、高齢化する親にも限界は近づき、さまざまな困難が表面化しつつある。親と子の年齢から「8050問題」と呼ばれている。

『親の「死体」と生きる若者たち』(青林堂)の著者で、40、50代のひきこもりの子と暮らす親たちが悩みを語り合う家族会「市民の会 エスポワール」を主宰する山田孝明さん(66)は、その構造をこう話す。

「老齢の親は自分なしで子どもが生きていける見通しが持てず悶々とする。一方で、ひきこもる子の側も、社会との接点を失い誰にも悩みを打ち明けられない孤立状態の中で親の老いに直面し、焦燥感を募らせています」

 親に入院や介護が必要になれば、親子で共倒れになる可能性もある。「働けない子どものお金を考える会」を主宰する、ファイナンシャルプランナーの畠中雅子さんも言う。

「私の所に来る相談者は、8050を超えて『9060』の年齢に達しつつあります。親御さんが亡くなるか介護状態かで、ひきこもる60代本人のきょうだいからの相談も増えています」

 切迫した状況の、冒頭の米沢市の親子に転機が訪れたのは今年6月。息子が16年ぶりに働き始めたのだ。市役所の冊子でひきこもりの人や発達障害を抱える人の事情に詳しいNPOの支援者を知った母親が、「とにかく助けてほしい」と電話を入れた。年配の男性支援者は何度も女性宅を訪れて徐々に息子と打ち解けていった。息子と2人で自宅近くの店でランチを食べた際、支援者はこう切り出した。

「地元の小さな会社が働ける人を探している。荷物を運んだり体力は使うが、黙々と一人で作業できる。就労は朝7時から正午までの5時間。練習のつもりで短時間から働いてみないか?」

 これまで、息子はあらゆる支援者が仕事を勧めても、「正社員じゃないと」などとこだわりを捨てきれなかった。だが、自分の特性に合った仕事の内容だとわかり、「やってみる」。再スタートを切って2カ月以上が経過したが、今も継続して働いている。母親は祈るように言う。

「息子が社会とのつながりをまた持てればというのが私の悲願。このまま続けてほしい」

(ノンフィクションライター・古川雅子)

AERA 2019年8月26日号より抜粋