常にいい気分の状態でいられるように、井手口コーチは選手らを支え続けた。地方大会の試合ごとに撮り続けた選手たちの集合写真を見て、彼らの雰囲気の変化を感じ取る。



「県大会1回戦の写真は笑顔がぎこちなかった。でも、勝ち進むうちに、はじけんばかりの笑顔に変わっていきました。その雰囲気のまま甲子園に来たという感じです」

 長崎県大会での最大の試練は、長崎日大との準決勝。直前の試合で、大敗を喫した記憶もまだ新しかった。

「ピッチャーもストライクが入らない状態で、もうダメかとも思いました。そこで、1回戦の前に見せた監督の"優勝ビデオメッセージ"のエンドロールに、これまで戦ってきた試合の映像を付け加えて見せました。逆転試合ばかりだったので、選手たちも気持ちを切り替えられたのではないかと思います」(井手口コーチ)

 長崎日大戦は初めてのタイブレーク戦となったが、井手口コーチはなぜか勝つような気がしていたという。そして、井手口コーチは笑顔で話す。

「勝利の未来をすでに思いきり味わっていたので、勝つ状況しか見えていなかったのかもしれません」

 甲子園を目指すチームの数だけ、物語がある。マウンドで戦うのは選手だが、指導する監督やコーチ、そして忘れてはいけないのが、選手らを支える家族の存在だ。

「地方大会の前には、選手たちに両親への感謝の手紙を書いてもらいました。ただ、これまでは大会に出場する3年生だけ。大島さんの助言もあり、今年はベンチ入りできない子も含め、3年生全員に書いてもらったのです」

 その効果もあってか、大会の応援にくる保護者の数も例年より増加。「選手、保護者、応援者が一丸となった」と井手口コーチは言う。

 さらに、甲子園初戦の前日には、両親から選手たちへ手紙を渡すサプライズも仕掛けた。こうした効果は、チームを指導する加藤慶二監督のモチベーションにもつながっているという。

「監督も『15点取られてもいい。とにかく楽しく野球をやろう!』と、今を楽しむ気持ちが強くなっています。こうした気持ちが、甲子園でも、初戦突破の原動力になったのではないかと思います」

 予祝トレーニングを仕掛ける井手口コーチ。その顔に気負いはなく、自身も楽しんでいるようだった。(文/稲川智士)

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