「表現の不自由展・その後」の中止を知らせる案内。結果的に「表現の自由」について多くの議論を呼ぶことになった(c)朝日新聞社
「表現の不自由展・その後」の中止を知らせる案内。結果的に「表現の自由」について多くの議論を呼ぶことになった(c)朝日新聞社

「あいちトリエンナーレ2019」の企画展「表現の不自由展・その後」の中止問題。抗議や脅迫の前に挫折した事態は深刻だ。実行委員会が明かした「自由」への侵害とは。

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「この企画展をやり遂げるには相当の覚悟と準備が必要だと考えていました」

 こう話すのは、企画展「表現の不自由展・その後」の実行委員会の岡本有佳さん(56)だ。

 実行委が「あいちトリエンナーレ2019」芸術監督の津田大介さんから協力を打診されたのは18年6月。このとき岡本さんの脳裏をよぎったのは、過去の展示会で経験した修羅場だ。

■執拗な妨害や嫌がらせ

「表現の自由が侵害されている実態を可視化したい」

 そんな思いから岡本さんら市民有志は、一時中止に追い込まれた元慰安婦の写真展を12年に、各地の美術館で撤去されるなどした作品を展示した

「表現の不自由展」を15年に、それぞれ都内のギャラリーで開催した。

 その際、執拗な妨害や嫌がらせを受ける。「在日特権を許さない市民の会」が拡声器を使って、「ぶっ殺してやるから出てこい」と罵倒。来場者の姿を勝手に撮影し、ネット上にアップした。岡本さんらは電話や受け付けの応対マニュアルを用意するなど対策を準備。会期中は総勢80人のボランティアが連日警備に当たった。来場者が無断撮影される状況には、シーツで出入り口を隠した。

 このときの主要メンバー5人が、「その後」展の実行委として企画・キュレーションを担当した。受諾に際し、津田監督にこう念押ししたという。

「不当な暴力に屈した場合、私たちは(主催者側の)愛知県や津田さんと対立することもありますよ」

 岡本さんによると、津田監督は「(圧力に屈しないよう)僕も一緒に闘う」と答えた。

 にもかかわらず、開会3日目の中止決定。しかも、実行委との協議を経ず一方的に通知されたという。岡本さんが憤る。

「私たちが納得できないのも当然じゃないですか」

 愛知県の担当者を交えた今年5月の対策会議で、岡本さんらは電話応対の担当者増員や応答要領などの事前研修を提案した。だが、岡本さんの目には不備が目立った。設置を要望した自動録音や番号通知機能のある電話の配備も一部にとどまり、「現場の最前線に立たされる人への対応が不十分」と感じた。

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渡辺豪

渡辺豪

ニュース週刊誌『AERA』記者。毎日新聞、沖縄タイムス記者を経てフリー。著書に『「アメとムチ」の構図~普天間移設の内幕~』(第14回平和・協同ジャーナリスト基金奨励賞)、『波よ鎮まれ~尖閣への視座~』(第13回石橋湛山記念早稲田ジャーナリズム大賞)など。毎日新聞で「沖縄論壇時評」を連載中(2017年~)。沖縄論考サイトOKIRON/オキロンのコア・エディター。沖縄以外のことも幅広く取材・執筆します。

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