失言が多いにもかかわらず、政治的に大きな失点にならないのも「能力」かもしれない。

 昨年8月には、古巣のデイリー・テレグラフ紙に書いたコラムで、イスラム教徒の女性が全身を覆って着る「ブルカ」や目の部分だけを出す「ニカブ」について、「郵便ポスト」や「銀行強盗のような格好」と記述。宗教憎悪をあおっていると批判を受けたが、撤回しなかった。

 一方で、今年7月にトランプ氏が、米国の非白人の女性野党議員4人を念頭に「もともといた国に帰ったら」などとツイートした際には、「(発言は)全く受け入れられない」と批判するなど、自分の発言や立場に一貫性がない面もある。

 国民投票から3年を経て、なお離脱派と残留派が伯仲する英国で、離脱派のみに支持基盤を置くジョンソン氏は、トランプ氏の米国と同様、社会のさらなる分断をもたらす恐れがある。過度なナショナリズムやポピュリズムを抑え、穏やかな保守を体現してきた英保守党の体質が変化したとの指摘もある。

 英国議会は、メイ前首相がEUと結んだ合意案を3度にわたって否決した。細部をめぐる見解の違いはもとより、主要政党が両極化するなかで、党の内部が離脱と残留でまとまらず、妥協点を見いだせなかったのが最大の要因だ。

 その構図は首相が交代しても変わらない。ジョンソン氏はEU側との再交渉を求めているが、党首選のさなか、筆者のインタビューに応じたユンケル欧州委員長は、「再交渉には応じない」ときっぱり否定した。

 EU側が再交渉に応じる可能性が極めて低いなか、ジョンソン氏に残された選択肢は多くない。仮に離脱期限を前に総選挙を実施した場合、保守党が単独過半数を取れるかどうか。与野党を含め、議会での離脱派と残留派の構成がどうなるか──などが政権の命運を左右する条件になりそうだ。

 議会の意向を無視して合意無き強硬離脱に向かえば、強硬離脱に反発する議員らが議会で歯止めをかけることも予想され、政権運営が早々に立ち往生する可能性もある。

 英誌エコノミストの元編集長ビル・エモット氏はこう指摘する。

「EU離脱は英連合王国(ユナイテッド・キングダム)崩壊の始まりになるかもしれない。強硬離脱なら、10年後にスコットランドや英領北アイルランドが英国に残っているとは思えない。近い将来、与党保守党が(離脱派と残留派で)分裂するなど、別の形の二大政党になる可能性もある」

 EU離脱問題で、英国が失うものは、どこまで大きなものになるのか。ジョンソン政権は、そんな嵐の前にいる。(朝日新聞前ヨーロッパ総局長・石合力)

AERA 2019年8月12-19日合併増大号より抜粋