脚本家としても高く評価されているリー監督。膨大な情報の中から選び抜いた事実を巧みに物語に織り込んだ。ジョセフ青年は実在したし、活動家のスピーチ、治安判事による裁判の内容などは、実際のまま。また判事たちの一見大仰でもったいぶった話しぶりは脚色のように見えるが、史実に基づき正確に再現した。

「権力者たちはフランス革命のせいで、恐怖にかられていたんだ。イギリスでも革命が起こるのではないかとね」

 と事件当日の軍隊出動の空気を説明する。

 そして事件から200年後の現在。この物語を語る意味が大いにあるのだと指摘する。

「バルセロナや香港の現状に目を向ければ、これは非常に意味のあるテーマだと思う。ピータールーは、血の日曜日事件などを含め同系列にある事件だ。天安門事件から30年。中国の若者は事件を知らない。教わっていないからだ。イギリスでもヘンリー8世と6人の妻や大帝国の繁栄について教えるが、ピータールーについては教えない。それがすべてを語っているね。だからこそピータールーについて語ることは意味のあることなんだよ」

◎「ピータールー マンチェスターの悲劇」
 ガーディアン紙創刊の契機となり英国民主主義の転機となった事件の全貌を描く。8月9日から全国順次公開

■もう1本おすすめDVD 「わたしは、ダニエル・ブレイク」

 マイク・リー監督と同様、BBCでドキュメンタリーを制作していた経験があるケン・ローチ監督の力作。その経験と社会に対する問題意識が作品の基盤になっている点など、2人に共通点は多い。

「わたしは、ダニエル・ブレイク」(2016年)の主人公は英国北部のニューカッスルに住む大工のダニエルだ。心臓を病み働けないが、新導入された社会保護登録システムにより生活保護を切られ、就職活動を余儀なくされる。本作は、そんな彼と区役所で知りあった母子家庭の女性との交流を描きつつ、社会の枠の外へと押し出された人々の現実を、温かい人間ドラマで描く。カンヌ国際映画祭でパルムドールを受賞した。

 20年近く脚本を共作するポール・ラヴァティとともに英国各地を回り、実際にダニエルのような人々に会って話を聞いたという脚本が、とにかく素晴らしい。常にキャストには素人や無名俳優を起用し、そこに一層のリアリティーを生み出すあたりがローチ映画のマジックだ。会えば物静かな83歳の紳士だが、心は社会の不条理と闘い続ける永遠の怒れる若者なのだ。これから公開予定の新作「Sorry, We Missed You」も必見。

◎「わたしは、ダニエル・ブレイク」
価格3800円+税/DVD発売中
発売元・販売元:バップ

(ライター・高野裕子)

AERA 2019年7月29日号