ちなみにシヅ子の部屋は、関東大震災後に建ったばかりの木造アパートで、「新しい畳と雑誌の香り」をブレンド。ポテトチップスとアマゾンの段ボールが香る令和の雑誌記者である自分の仕事部屋にはない、情緒がいっぱいだった。

 アロマテラピーというと、精油を垂らした水をろうそくで温めたり、ディフューザーで蒸発させたり。筆者のような短気の面倒くさがりには、準備がかえってストレスになることも。また空間を香りで満たすため、家族のいる部屋や職場では楽しみにくいという難点もあった。

 OEプロジェクトチームが開発したAROMASTICはそんな弱点を克服し、いつでもどこでも、たった一人でアロマが楽しめるようにした。音楽を街に持ち出した同社の発明品、ウォークマンの「嗅覚版」とも言えそうだ。

 同チームでもメンバーのほとんどが愛用しているという。

「例えば会議が煮詰まってきたりすると、あちこちでメンバーが使い始めます」(藤田さん)

「文学の香り」は、気分転換という従来の使い方に次ぐ一手だ。自分だけに秘密を告白してくれているような文章で、「作品と読者との距離感と、香りと人との距離感が近い」(同)ことから、「人間失格」が第1弾に選ばれた。

 香りは録音したり撮影したりできず、表現するための形容詞も少ないため、「○○のような」などと例えるしか方法がなかった。そんな未開発のエンターテインメントながら、インパクトは強烈。4DXなど、映像と香りを組み合わせて新しい表現を生んだり、オリジナルの香りでフロントなどを満たし、ブランディングに役立てたりするホテルや企業も増えている。

 鼻さん、これまで加齢臭だの、口臭だの、イヤなにおいで苦労ばかりかけてごめん。これからはエンターテインメントで鼻孝行するから、待っててね。(ライター・福光恵)

AERA 2019年7月15日号