柚木:編集者から「シニアを主人公にしてほしい」と依頼されたのですが、書き始めたときちょうど子どもが生まれて、上野さんが常々おっしゃっていた「妊娠や出産で女性は弱者になる」ということが、初めて「こういうことか!」とわかったんです。バギーを邪魔にされたり、保育園に40カ所も落ちたり。

上野:40カ所も? それは「日本死ね!」という気分になるわね。

柚木:のどまで出かかりました。行動範囲が狭くなって、公園しか行くところがなかったり。そういうときに話しかけてくれるのが高齢女性だったりして、気が付くとその方たちと目線が一緒になっていたんです。

上野:なるほど。

柚木:子育てのなかで私自身も「母親だったらこうしなきゃ」という抑圧を感じましたし、同時に母を「おばあちゃん」にしてなんでも頼ろうとしていたことにも気づいた。私自身も高齢者に都合のいいイメージを押し付けていたんじゃないか、と。それでこのテーマとタイトルがポンと出た感じです。

 バッシングを浴び、仕事を降板させられた正子に、さらなるピンチが降り掛かる。夫の残した借金の返済、土地を売るにも豪邸の解体に莫大な費用がかかる。しかし、正子はへこたれない。家にあった骨董品や着物をメルカリに出品して売りさばき、果てには自宅をお化け屋敷にして客を呼ぼうとするのだ。

上野:正子さんはすごく欲の深いおばあさんなのね。この欲の深さは筆者の若さが老女メイクをしているだけのように見えたけど、世のおばあさま方に勇気を与えるかもしれない。「こういうのもありなんだ」と。

柚木:そう言っていただけると嬉しいです。実は正子さんにはちょっとだけモデルがいるんです。取材で行った着物のリメイク教室で隣に座った80代の女性なんですが、「私は企業戦士だった夫のネクタイを使ってアートを作るの」って嬉しそうに話すんです。「旦那さんとのいい思い出なんですね」と言ったら、「全然。私は夫が嫌いで、切り刻んでやりたいの。それで作ったアートで有名になりたいの」って。

上野:有名になるといえば、正子さんはプロモーションの仕方がうまいですね。SNSを使ったり。

柚木:現実にもメルカリで自分の作ったものを売ったり、うまく世間にコミットしている高齢者が増えている気がします。

(フリーランス記者・中村千晶)

AERA 2019年7月8日号より抜粋