「素直で従順な人。中でも、夫に従うのが妻の美徳だという価値観を持っている人です。それは、家庭は男が支配していい、稼いでいる者が支配者だという意識があるからです」

 冒頭の女性は、子どものころ父親が母親を怒鳴り散らすのをいつも見てきた。その結果、「女は耐えるべきだ」と刷り込まれていったのではないかと話す。

 なぜ、逃げないのか──。DV被害者にしばしば投げかけられる疑問だ。しかし、逃げないのではない、逃げられないのだ。

 実は、女性は8年ほど前に1度、子どもたちを連れてシェルターに逃げ、同時に離婚もしている。当時5歳になった長男が「僕、死にたい」と漏らしたからだ。この時、女性は初めて夫と別れなければだめだと気づき、長男と長女を連れてシェルターに避難した。だが、夜になると長男が「お父さんに会いたい」と泣き、シェルターのスタッフからも「1度戻るのも間違いではない」と言われ、1週間もしないうちに夫の元に戻り、再婚した。

 女性は戻る際、次に暴力があったら今度こそ別れると夫に伝えた。そのこともあって夫のDVはしばらく鳴りを潜めていたが、3年近くすると再び始まった。しつけを名目とした子どもたちへの暴力、それを止めに入った女性への暴力。その都度、夫は言った。

「こいつらのためにやっているのに、何で止めに入るんだ」

 昨年夏、ようやく女性は市役所の子ども支援課に足を運んだ。その翌日、市から通報を受けた児童相談所(児相)が長女を一時保護した。児相からの提案で、女性は子どもたちを連れ、夫と別居。同時に夫に「変わってほしい」という思いもあり、DV加害者更生プログラムを受けるよう提案した。

 いま、夫は定期的に更生プログラムに通っている。そのおかげもあり、DVはずいぶん減ったが、いつどうなるかわからない不安は残る。言葉のDVはまだあるからだ。それでも夫と別れられないという女性は、こう話した。

「私は、ずっとこういう人生を送るのかなという気持ちもあります」

 マインドコントロールを解くには、どうすればいいのか。

 栗原理事長は、「不健全な価値観を変えていくことが必要」と言う。ステップでは月2回、心理学における「選択理論」を使い、DV被害者のケアプログラムを行っている。

「例えば、夫が『死ね』と言ってもそれは夫の考えで、自分はどう思うかを考える。夫の考えと自分の考えを区別し、自分で考えられるようにケアしていく。するとやがて、夫と自分の考えが違ってもいいと境界線を引けるようになります」(栗原理事長)

(編集部・野村昌二)

AERA 2019年7月8日号より抜粋

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野村昌二

野村昌二

ニュース週刊誌『AERA』記者。格差、貧困、マイノリティの問題を中心に、ときどきサブカルなども書いています。著書に『ぼくたちクルド人』。大切にしたのは、人が幸せに生きる権利。

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