宮城県女川町の漁港で行われた撮影風景。重要なカットゆえ、現場の緊張感も高まる(撮影/写真部・加藤夏子)
宮城県女川町の漁港で行われた撮影風景。重要なカットゆえ、現場の緊張感も高まる(撮影/写真部・加藤夏子)

 映画「凪待ち」で、どこまでも堕ちていく主人公・郁男を演じた香取慎吾。昨年の夏、AERAはその撮影現場に密着した。

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 2018年の7月初旬。

 宮城県女川町の漁港で撮影に臨む香取慎吾(42)からは、あの人懐っこい笑顔が消えていた。

 背中に孤独な男の悲哀を漂わせ、胡乱な目つきでボーッと海原に目線を這わせている。香取が「今までの役よりだいぶ腐っている」と語るアウトローな主人公の役に、どっぷりと入り込んでいた。

 映画「凪待ち」で香取が演じたのは、ギャンブルにはまった生活から脱して恋人とその家族と共に人生を再生しようともがく木野本郁男という中年男性。川崎市で競輪にのめり込んで身を持ち崩していた郁男は、恋人の亜弓(西田尚美)とその娘・美波(恒松祐里)と一緒に、亜弓の故郷である宮城県石巻市に移住することを決意して、人生を「再生」させようとする。

 だが、末期がんで石巻で漁師を続ける亜弓の父、勝美(吉澤健)は頑固者で、郁男を素直には受け入れない。また、年頃の美波は母親の一言で引っ越しを余儀なくされたことに不満を募らせ、母の恋人である郁男との関係にもすきま風が吹く。それでも、印刷会社に就職して人生を立て直そうとする郁男の姿に、近隣に住む小野寺(リリー・フランキー)など周囲も少しずつ手を差し伸べてくれるようになる。

 だが、会社の同僚とふらっと訪れた「ノミ屋」での体験がまた郁男を少しずつ壊していく……。恋人やその家族、仲間が何度も助けようとするたびに、それを幾度も裏切っていく郁男。自暴自棄で無気力、そして時に暴力的な中年男の姿は、これまで香取が築いてきたイメージとは180度違う。だが、白石和彌監督は郁男を演じるのは香取しかいないと熱望し、キャスティングしたという。

「誰も見たことがない香取さんを見せたかった。僕自身、次のステップに進む映画にしたいと考えていたし、香取さんとならそれができると思った。実際、香取さんの役者としての存在感は圧倒的なものでした」

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