※写真はイメージ(gettyimages)
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 このところ、「“メ”ニュー」「図書館(と“しょ”かん)」など、どこかに下がり目のある「起伏型」で発音されてきた言葉を、「メ“ニュー”」「と“しょかん”」と平坦に発音する人が増えている。言語学では「アクセントの平板化」と呼ばれる現象だ。

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『三省堂国語辞典』の編纂者の一人、飯間浩明さん(51)はテレビを見ていて、ベテランアナウンサーの言葉に注意が向いた。

「『とは言え、○○ですよね』の『“と”は言え』を『ソ“ライロ”(空色)』と同じく平板型で発音していました。この接続詞は『そうであるとは/言え』という意味ですから、従来は区切る気持ちで起伏をつけて発音した。これが平板化するのは新しいと思い、メモを取りました」(飯間さん)
(※アクセントの高いところにダブルクオーテーションマークを入れて示しています)

「とは言え」の平板化は、一般社会でも進んでいる印象だ。なぜ平板化してしゃべりたくなるのか、飯間さんの分析はこうだ。

「『とは言え』は『決心はついた。とは言え、不安も残る』のように、前の部分を認めつつ、それとは異なる内容を加える。起伏をつけて『“と”は、言え』と発音すると、前の文に続く感じで印象が弱い。一方、平板型の新しいアクセントで発音すると、『と“は言え”』で一単語であることが強調される。独立した特別の言葉という感じを出したいのでしょう」

 特別な言葉にしたいときに、平板化させる。それは、最近よく耳にする「〇〇じゃね?」という平板な表現にも言えると、飯間さんは指摘する。

「『これじゃ、ない?』が疑問を表すのに対し、平板化した『これじゃね?』は『これだ!』という率直な気持ちを表す。『うまくね?』は、もはやうまいかどうか相手に尋ねているわけではない。私もうまいと思うしあなたもうまいであろうと。そういう共感を求めている。そのために『特別に』用いている言葉だ、ということがアクセントに表れています」

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小長光哲郎

小長光哲郎

ライター/AERA編集部 1966年、福岡県北九州市生まれ。月刊誌などの編集者を経て、2019年よりAERA編集部

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