極め付きが昨年、18歳でマリインスキーに正式入団し、年末の大舞台「くるみ割り人形」で主役に配された永久メイ(19)だ。若く可憐な永久が、長い手足を使って閃光のような見せ場を作る。パリ・オペラ座と並び純血主義が根強かったマリインスキーで彼女が抜擢されたことは、同団にとって一つの画期だった。同時に、日本のバレリーナの進化も、森下の1.0から4.0に突入したのだ。

 4.0に至る背景には、世界に類のない日本の「バレエ大国」ぶりがある。

 昭和音楽大学・同バレエ研究所の小山久美教授が、東洋大学の海野敏教授とともに行った「日本のバレエ教育環境の実態分析」によると、日本のバレエ学習者数は16年時点で推計35.8万人。うち女性が97%以上を占める。

「学習者の多さは一つの事実で、バレエの本場であるフランスやロシアでも、このような数字は出ないでしょう。ただし、そこには日本ならではの事情があります。たとえばフランス、ロシアではバレエとは職業であり、選抜された人だけが学ぶもの。対して日本では、バレエが心を豊かにする『たしなみ』として発展してきた。その点が海外とはまったく違います」(小山教授)

 同調査によると、日本のバレエ学習者には「中学生」と「50代から70代」という二つの塊があることが特徴だ。いずれも女性が圧倒的多数で、「中学生」は海外のバレエ学校のスカラシップ(奨学金)付きコンクールを狙うコア層。「50代から70代」はそれとは対照的に、かつて1.0時代にバレエにあこがれた人たちである。

 バレエ人口ピラミッドの基底部に50代から70代の素人ファンが、上層部にプロを目指すハイレベルな少女たちがいる。その裾野の広さと、頂点までの距離の遠さが、世界的バレリーナが輩出する日本の土壌となっている。

 1.0から4.0のプロセスはバレエの大衆化とも言い換えることができるが、現在はそこに21世紀的な競争主義と、SNSを駆使したダンサー個人の自己発信という波も押し寄せている。

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