姜尚中(カン・サンジュン)/1950年熊本市生まれ。早稲田大学大学院政治学研究科博士課程修了後、東京大学大学院情報学環・学際情報学府教授などを経て、現在東京大学名誉教授・熊本県立劇場館長兼理事長。専攻は政治学、政治思想史。テレビ・新聞・雑誌などで幅広く活躍
姜尚中(カン・サンジュン)/1950年熊本市生まれ。早稲田大学大学院政治学研究科博士課程修了後、東京大学大学院情報学環・学際情報学府教授などを経て、現在東京大学名誉教授・熊本県立劇場館長兼理事長。専攻は政治学、政治思想史。テレビ・新聞・雑誌などで幅広く活躍
※写真はイメージ(gettyimages)
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 政治学者の姜尚中さんの「AERA」巻頭エッセイ「eyes」をお届けします。時事問題に、政治学的視点からアプローチします。

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 ドイツ留学の経験があるものの、スペインについては不案内だった私でしたが、偶然、スペインを訪れる機会がありました。スペインを巡ったことで、この国が実はEUの、さらにはグローバル化の帰趨(きすう)を占う前衛的な実験国家のような場所であることを痛感しました。

 翻ってイスラム世界と対峙し、地中海を隔ててアフリカと近接するとともに、絶えず国家統一の危機に見舞われながらも、グローバル化の先駆けとも言える大航海時代をリードしたスペイン。20世紀には凄惨な内戦を経験し、共和制と君主制の間を揺れ動き、カタルーニャやバスクの分離独立問題で激しい対立を繰り返してきました。そのスペインが、まるでEUの将来を先取りするような問題で揺れています。

 スペインは移民や難民問題で最も寛容な国のひとつでした。イスラム嫌悪や移民排斥の急先鋒に立っている極右的な排外主義勢力の蠢動(しゅんどう)が見られないという点でも際立っていました。しかし、ここにきて極右政党(VOX)が議席を獲得するようになりました。このことは、EU内の極右勢力の国境を超えた連携へと加速しそうです。

 同時に、貧困や格差の拡大、社会的なセーフティーネットの綻びに対抗して中道左派的な政治勢力の台頭も目立ちつつある中、スペインではまさしく先の総選挙で、中道左派の社会労働党が躍進しています。このことにより、EUの主要諸国の中でも際立った勢力地図が出来上がりつつあります。果たして、これらの動きは時代錯誤的な揺れ戻しに過ぎないのか、それとも先進諸国の中に民主化された中道左派勢力が政権を担う動きが広がるのか。スペインの動向から目が離せません。

 さらにグローバル化による国民国家統合の綻びもドラスティックな展開を見せ、カタルーニャ独立をめぐる動向が、国家そのものを再び大きく揺さぶりつつあります。

 その動きは、分離独立の問題を抱えたEUの他の国々に多分に大きな影響を与えることになるでしょう。スペインは、EUの将来を占う試金石です。EU離脱問題で揺れる英国に勝るとも劣らない関心が払われるべきです。

AERA 2019年6月3日号

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姜尚中

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姜尚中(カン・サンジュン)/1950年熊本市生まれ。早稲田大学大学院政治学研究科博士課程修了後、東京大学大学院情報学環・学際情報学府教授などを経て、現在東京大学名誉教授・熊本県立劇場館長兼理事長。専攻は政治学、政治思想史。テレビ・新聞・雑誌などで幅広く活躍

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