図版=AERA 2019年5月20日号より、写真=写真部・小黒冴夏
図版=AERA 2019年5月20日号より、写真=写真部・小黒冴夏

 ふとした出来事で始めた副業を通じて、これまで知ることのなかった“自分”を手に入れ、ライフワークになった人もいる。

 落語家ならぬ「泣語家(なくごか)」をご存じだろうか。泣ける話で聞き手の涙を誘い、心のデトックスをしてもらう話者のことだ。

「涙活」イベントのほか、幼稚園から高齢者施設までさまざまな場所で泣語を披露する泣石家霊照さん(40)の本業は広告会社の営業だ。観客として夫婦で涙活イベントに参加していた33歳のとき、主催者の寺井広樹さん(38)に「泣語を始めようと思っていますが、やりませんか」と声を掛けられた。

 その日、司会をしていた寺井さんから「お客さんの中で泣けるエピソードを持っている人はいますか」という呼びかけにこたえ、みんなの前で2カ月前に亡くなった大好きな祖父について語った霊照さん。未知の世界への誘いに、

「祖父が与えてくれたチャンスなのかなと思えて、その場で『やります』と返事をしました」
「泣石家」の亭号に続く名を芸名にすることもできたが、本名の「霊照」を使った。住職だった祖父がつけてくれた大好きな名前だったからだ。

 泣語家の御作法は、幸せの国「ブータン」の民族衣装をモチーフにした「泣き装束」を着て、1話5分以内に収めること。話の終盤では泣語家自身が嗚咽して涙を誘うこと。だが、師匠もいなければ手本もいない。話術もネタ作りも手探りだった。

 最初の頃は、自分がまず泣かなければと、登壇前に雑居ビルの非常階段の隅で感傷的な曲を聴き、気持ちを高めて臨んだが、観客はなかなか泣いてくれない。模索する中で聞き手がどんな人なのかを探り、話の流れやリズム、強弱の付け方などを工夫することが大切だとわかってきた。

 徐々に涙を流す観客が増えた。一昨年からは月に2回、落語教室に通い、話術も磨いている。

「泣いてもらうには共感してもらうことが大切なのですが、これが難しい。共感は双方向のコミュニケーションから生まれるんだと知りました」

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