今年2月末、2度目の米朝首脳会談後にトランプ氏から電話で説明を受けると、発信に拍車がかかる。3月初めの国会答弁では「北朝鮮側も注意深く聞いていただいていると思うので」として、次のように踏み込んだ。

「拉致、核、ミサイル。あと、不幸な過去を清算して日朝関係を正常化していくという平壌宣言を02年に出し、5人の(拉致)被害者が帰還できた。そうした経験も生かしながらこの問題の解決にあたっていきたい」

 含まれたメッセージはこうだ。平壌宣言には、過去の植民地支配からくる請求権を互いに放棄する一方、日本は経済協力をするとある。北朝鮮にそうした利点がある国交正常化交渉を再開しよう──。

 そこからの対北朝鮮外交の軟化には目を見張る。国連人権理事会に11年連続で出してきた非難決議案を出さないと決め、外交青書では14年から記してきた「圧力」という言葉を削った。だめ押しが、北朝鮮が日本海へ飛翔体を放った直後の「無条件で首脳会談」発言だった。

「無条件」で正常化交渉の入り口に立つ姿勢を明確にした安倍氏。だが、出口に向けては暗闇が広がる。事前協議を重ねた02年の首脳会談でも、北朝鮮が拉致を認めることは当日までわからず、しかも回答は「8人死亡、5人生存」だった。安倍氏はその会談に官房副長官として同席。拉致問題の難しさを肌身で感じつつ、「全員帰国」を訴えてきた。

 それでも「無条件で会談を」と発信した裏には、最近の米朝やロ朝の首脳会談で、金氏の出方が事務レベルの事前協議と大きくずれたという政府内の分析もある。とにかく自分が金氏と会うことから、という判断だ。

 では安倍氏はトランプ氏を通じて解決の手応えを得ているのか。逆に「全員帰国」でなくとも国交正常化をと腹をくくったのか。そこはこれから追うが、「参院選前に一度会ってアピールできればよし」のその場しのぎではないことを祈る。(朝日新聞編集委員・藤田直央)

AERA 2019年5月20日号