稲垣えみ子(いながき・えみこ)/1965年生まれ。元朝日新聞記者。超節電生活。近著2冊『アフロえみ子の四季の食卓』(マガジンハウス)、『人生はどこでもドア リヨンの14日間』(東洋経済新報社)を刊行
稲垣えみ子(いながき・えみこ)/1965年生まれ。元朝日新聞記者。超節電生活。近著2冊『アフロえみ子の四季の食卓』(マガジンハウス)、『人生はどこでもドア リヨンの14日間』(東洋経済新報社)を刊行
最後に処分したメイク道具たち。長い間本当にお世話になりました(写真:本人提供)
最後に処分したメイク道具たち。長い間本当にお世話になりました(写真:本人提供)

 元朝日新聞記者でアフロヘア-がトレードマークの稲垣えみ子さんが「AERA」で連載する「アフロ画報」をお届けします。50歳を過ぎ、思い切って早期退職。新たな生活へと飛び出した日々に起こる出来事から、人とのふれあい、思い出などをつづります。

【写真】稲垣さんが処分したメイク道具たち

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 メンズメイクが広がっているそうだ。スキンケアだけでなくファンデやシャドーで印象を変える。飾るわけじゃないが身だしなみを整えたい。時代はジェンダーレス。男はこうでなきゃなんていう呪縛は不要。美しくて何が悪い?

 ……はい。ようこそメンズ諸氏、メイクという迷宮へ!

 いや、メイクって確かに素晴らしいのよ。特に現代では製品も技術もすごくてナチュラルで、努力次第で「なりたい自分」になれるらしい。

 しかしだな、光り輝くものは闇もまた深いのである。

 メイク経験者として最近、難問だと思うのは「メイクのやめどき」あるいは「引き返しどき」だ。

 メイクがうまくなるほどメイクを取るのは難しくなる。最近、見知らぬ女性から挨拶されて誰だったか思い出せず、後から確かめたら実は何度も会った人ということが2度あった。一瞬、私もボケたかと焦ったが、よく考えるとどちらもスッピンだったのだ。スッピン可愛かった。でもあまりにも、前に見た顔とは「違う顔」だった。彼女たちは二つの顔を行き来する人生を送っているのである。

 年をとればさらに事態はシビアになる。表舞台で活躍する女性に会うたびに思うのだが、同じ顔でいることが求められる人は年をとることが許されない。なのでメイクが時とともに濃くなっていく。間近で見ると壮絶な覚悟のようなものをビシビシ感じる。尊敬する。すごいと思う。これは常人にできることではない。というか、常人が覚悟もなくこんなことを真似してはいけない。

 なりたい自分になると頑張るのは素晴らしい。しかし一方で、本当の自分を自分で認めるのも大切である。そうでなければいずれ苦しくなる。本当の自分を隠して生きる人生ほどつらいものはない。

 かくいう私は、公式写真撮影ではプロのメイクに頼るヘタレぶりを発揮しつつ、通常生活では何とか迷宮を脱出した。結論から言うと、メイクをやめても特に人生に支障はなかったよ。それがわかった時は嬉しかった。参考情報。

AERA 2019年5月20日号

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稲垣えみ子

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稲垣えみ子(いながき・えみこ)/1965年生まれ。元朝日新聞記者。超節電生活。近著2冊『アフロえみ子の四季の食卓』(マガジンハウス)、『人生はどこでもドア リヨンの14日間』(東洋経済新報社)を刊行

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