図版=AERA 2019年5月20日号より、写真=岡田晃奈
図版=AERA 2019年5月20日号より、写真=岡田晃奈

 もはや、複数の肩書に合わせて複数の名刺を持つ人は、決してめずらしくない。だが、その2枚目の名刺を持とうと、一歩、足を踏み出すのも、決してたやすいことではない。

 だが、仕事に“縛られたくない”という一心で、前に踏み出した若者もいる。

「2枚目の名刺は自分自身の自由なあり方を求めた結果に過ぎません」

 と語るのは大山匠さん(28)。世界有数のIT企業に勤めるかたわら、もう一つの顔として、都内の大学で講師として教鞭をとっている。

 専門は数学、認知、科学技術論。理系出身かと思いきや学生時代の専攻は哲学。修士号を取得後、大山さんが目指したのは、研究とは全く畑違いに見える人工知能開発の現場だった。

「AIには関心があったのですが、それを哲学的に問いなおすためには、その中身も正しく理解しておく必要があると思ったのです」

「哲学」と「AI」。この領域はそもそも親和性が高い。今後、AIが人間と同じように重要な問題を判断するようになるからだ。社会のあらゆる分野での活躍が期待される一方、実用化されるとなれば、例えば「知性とは?」「他者とは?」「主観とは?」などAI自身が、人間と共存する上での根源的な問いをどのように認識しているかが重要となる。ましてやAIの進化は日々、目覚ましい。熾烈な開発競争が優先され、社会的な倫理や道徳が置き去りにされる可能性もある。

 社会人となって飛び込んだ技術者の世界。その日々は刺激的だった。

「理系出身の同僚が圧倒的に多い世界ですが、文系だからといってハンディを感じることはありませんでした。先端の技術は日々変わり続けるので、出自よりも常に新しいことを学び続ける姿勢が重要だと思っています。むしろ、技術とあわせて専門の哲学を、この世界でどう生かすかを考えています」

 次に働いたのはコンサルティング会社のAI部門だった。AIをビジネスやサービスに組み込むことで、どのようなイノベーションが達成できるのか。クライアントと話し合いながら複数のプロジェクトを担当した。こうした経験を重ね、現在のIT企業にヘッドハンティングされたのが今年3月。技術と社会をつなぐビジネスの世界では、大学で学んだ哲学と技術者としての経験が役立っている。

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