11年の東日本大震災のころからは、講演で津波や洪水などの水災害の歴史をひもとき、防災を訴えることが増えた。12年にフランスで開かれた第6回世界水フォーラムはいまの上皇さまの心臓手術のため参加できなかったが、ビデオで講演。自ら訪れた東北各県の津波被災地の写真を示し、貞観地震など歴史上の地震の津波被害を史料から紹介。「先人たちが幾多の災害にかかわらず、たゆまない努力によってこの社会と街を作り上げてきたことが、私たちに多大な損害と困難、大きな悲しみを乗り越え、前へ進む勇気を与えてくれる」と呼びかけた。

 国土交通省で利水や治水を専門とした廣木謙三・政策研究大学院大学教授はこう言う。

「国際会議の参加者は、各国の水問題の技術者や行政マンが多く、今の問題には詳しいが歴史の専門家ではない。陛下は現場で見聞きされたことに加え、歴史家として過去の事例に学ぶ『温故知新』の姿勢で講演されるので、海外の専門家が聞いても新鮮で、説得力がある」

 水問題には、賛否が分かれる政治的な課題もある。オランダで00年に開かれた第2回世界水フォーラムでは、ダム建設や水道民営化に反対する活動家が全裸で会場に乱入して抗議デモをしたのに対し、議長のウィレム・アレキサンダー皇太子(現国王)が「下りてきて大人の議論をしようではないか」と呼びかける一幕もあった。

 世界の水問題に詳しい沖大幹・東京大学教授兼国連大学上級副学長は「世界中の水の専門家が、天皇になられてもぜひ水問題にかかわってほしい、と期待している。しかしお立場上、特定の問題だけにかかわるのは難しくなるかもしれない」と予測しつつ、こう付け加えた。

「『即位したら自分の考えの表明は控えめに』と遠慮されるかもしれないが、水問題の解決が、よりよい社会の実現につながるのをご存じなので、折に触れてご自身のお考えを聞かせていただけるのではないか」

(朝日新聞編集委員・北野隆一)

AERA 2019年5月13日号より抜粋