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「アムロちゃんが世界の中心でした」平成を生きたわたしたちの足あと

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宮本さおり,大楽眞衣子AERA
イラスト:土井ラブ平

イラスト:土井ラブ平

 アムラーど真ん中世代だったのは東京都世田谷区に住む会社員の境田美貴さん(39)。

「アムロちゃんが世界の中心でした。厚底のブーツにミニスカート、細眉メイクで渋谷を歩いていました。当時は細眉にするための“毛抜き”は必須アイテムでしたが、その時抜きすぎたため今では眉が生えてこず、後遺症に悩んでいます(笑)」

 アムロちゃんの影響は玩具にまで広がった。彼女が育てていることから脚光を浴びたのが「たまごっち」。当時は入手困難で、8千円の値がついた「たまごっち」を親に頼み込んで買ってもらったという女性もいた。

 平成は、元気な女子に注目が集まる時代だったのか。

「草食系男子」という言葉を世に広めた、世代・トレンド評論家の牛窪恵さんは、不況のときは男性の消費が落ち込む傾向があり、90年代後半はまさにその状態だったと分析する。

「女子中・高生がトレンドを作る時代でした。就職氷河期でロスジェネと呼ばれる世代でも女子は元気。男子たちはなんだか女子楽しそうだなぁ~と、徐々に追随していったのです」

 牛窪さんによると、おしゃれを楽しむ女子たちを羨望の眼差しで見ていた男子たちが“女子化”していったのが90年代後半。眉毛のお手入れをし、女子並みにファッションに興味をもつ男子が増えていったという。

 そんな男子の憧れ代表が、キムタクだろう。そのロン毛に憧れたと話すのは和歌山県の会社員、小池宏昭さん(40)だ。

「男子高校生の間で香水が流行ってck-oneやck-beを嗅ぐと一瞬でフラッシュバックします。つい最近まで取っていましたが、平成の終わりとともにサヨナラしました」

 キムタクがメンバーだったSMAPが国民的アイドルとなったのも平成だった。

 阪神・淡路大震災のあと一人暮らしを余儀なくされたという神戸市の専業主婦の女性(51)はこう振り返る。

「SMAPが被災地への言葉とともに『がんばりましょう』を歌ってくれた。それから、彼らがキラキラと歌って踊る姿を見るのが私の心のバッテリーになりました。結婚して、子どもができて、その子どもに障がいがあることがわかって……決して平坦でなかった自分の平成時代にいつもSMAPがいてくれました」


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