――村田選手は、熱心な読書家で哲学や心理学を好む。2017年10月に日本人として22年ぶり2人目のミドル級世界王者となったが、昨年10月の2度目の防衛戦でまさかの判定負け。一時は「98パーセント辞めようと思った」というが、あの試合では終われない、と再起を決めた。

村田:人間って、思考が邪魔になることがあるんですよね。主人公の彼もそうですけど、とにかく考えすぎている。それが彼は、新しいトレーナーと出会うことで、考えるという作業からいったん解放されるんです。

町屋:思考停止のありがたさ、ですね。自分もいわゆる「アホらしさ」に憧れがあって、なんとか自分のそういう部分を出せないかなあ、といつも思います。

村田:天才の脳の動きを調べると、実は、脳の一部しか使ってないらしいんです。だから、アスリートも、むしろ「思考」を停止させるくらいの状態がいいのかもしれません。

町屋:自分自身、他者評価をすべて無視するために、小説を書くことだけに没入できればいいけれど、それができないから葛藤する。それでも、書き続けるということだけが作家としての唯一のよすがになります。

村田:「禅」や「道」の修行みたいですね。ある意味、芥川賞というコンペティションにのせられるのは、道からはずれる歯がゆさもあるんじゃないですか。

町屋:そうですね。ひとたび賞レースの俎上(そじょう)に載ると、小説を書いている人にとってその葛藤は常にあります。

村田:「道」の世界は結局、コンペティションとは違います。どこまでも続く自己修練があって、それが「道」になる。

 答えは、そこなのかもしれないな……。自分が求めているのは「道」的なものだけど、やっていることはコンペティション。そのことに対する自分の中の矛盾がある。だから、その葛藤が常にあるのかな、と思います。

町屋:他者評価は「コンペティション」で、自己評価は「道」ということですね。

村田:そのバランスが問題。どこか中軸に「道」の精神を保っておかないと。そもそも「賞」とか「チャンピオン」とかあるからダメなんですよね(笑)。

(ライター・鈴木毅)

AERA 2019年4月22日号