そんな微笑ましく温かなエピソードは尽きない。それは「母と娘」の関わりからも浮かぶ。

 あるときアリとキリギリスの話になり、美智子さまがふと「私はやはりキリギリスね」と言われた。すでに結婚して独立していた黒田清子(さやこ)さん(49)は楽しそうに笑いながら、「そうそう、やっぱりアリではいらっしゃらないのね。でも……キリギリスだけとも違うし。ああ、一生懸命アリになろうと努力しているキリギリス?」と返したという。

「私の母がよく、ご成婚のときに正田家のお父さまが『自分の娘ながら本当に努力家だ』とおっしゃったと、私への皮肉まじりに話していたの。それでもキリギリスかしらと思うと、すごく意外だった」と末盛さん。

 もっとも美智子さまは何でも着々と物事を成し遂げるとか、きちんきちんと片付けていくというタイプの方とは少し違うようだ、とも思う。美しいものに出合えば、そこに立ち止まり、心引かれるメロディーに出合えば、くり返し頭の中で鳴ってしまい……。さらに清子さんの心に残る愉快なエピソードがある。

 小学生のころ、両陛下と散歩中、青大将を見つけた礼宮(秋篠宮)さまに「蛇だ。さやこ追え」と命じられて追っていくと、美智子さまは大丈夫かと心配され、陛下にお尋ねになったのか、やがて後方から嬉しそうな声が届く。「さやこちゃん大丈夫よ、かんでも毒はないのですって」と。『根っこと翼』には、<そうか、この家では、かまれることは「大丈夫」で、毒があって初めて「大丈夫でない」んだ。わたしって大変なところに生まれて来たのかも>という清子さんの言葉が収められている。

 実はもう一つ意外に思うことがあった。ある本の話題になったとき、美智子さまは嬉しそうにこう言われたという。

「私たち、同じ本を持っているのね」

 女学生同士の会話のようで、なんと純情で可愛らしい方なのかと思う。それと同時に、「ちょっとお寂しいのだろうかとも。好きな本について話せる相手も乏しくていらっしゃるのかなと案じられたのです」。

(ノンフィクションライター・歌代幸子)

AERA 2019年4月22日号より抜粋