「JR深谷駅前には見上げるほど巨大な渋沢栄一の像があるんですよ。深谷には全国でも珍しい酒蔵を改装した映画館があり、現地の映画関係者たちの夢は、若き日の渋沢栄一を劇映画として撮ることだそうです。紙幣の肖像になったことで、ぐっと実現が近づくのでは」

  渋沢の顔には、「前任者」の福沢諭吉に続いてひげが無い。「昔はヒゲやシワが偽造防止の上で重要だったが、技術の向上で必要なくなった」(ライターの白崎博史さん)。没後の年数もあわせ、まさに時宜を得た登板と言えそうだ。

 一方、ついにお札の顔を去る福沢諭吉。慶応関係者は落胆している──と思いきや、今度は北里柴三郎だ、と意気軒高だ。北里は、慶応大の初代医学部長。慶応大OBの貸本漫画研究家、吉備能人さん(51)は「諭吉先生の後に、慶応義塾大学医学部を発足した北里さんということで、感慨深い」と話す。

 医師で作家の米山公啓さん(66)は言う。

「野口英世は同じく医師で細菌学者ですが、現在は、当時の業績の多くが否定されています。そういう意味で、ペスト菌や破傷風の治療に貢献した北里先生が選ばれるのは納得です」

 一方、国民的人気を誇り毎回予想に名前が挙がる坂本龍馬は、今回も選ばれなかった。ただ、龍馬をこよなく愛する「歴ドル」の美甘子さん(36)によると、1万円に選ばれた渋沢栄一と龍馬にはちょっとした接点があるという。

「2人はともに北辰一刀流で、江戸の三大道場の一つ、千葉道場の門下生なんです」

 龍馬は渋沢栄一の4歳年上にあたる。同門の渋沢が1万円札になり、先輩の無念を晴らしてくれた──。龍馬ファンはそう考え、自分を慰めるしかなさそうだ。(ライター・羽根田真智)

AERA 2019年4月22日号より抜粋