バルサアカデミーの運営を手がけるアメージングスポーツラボジャパン代表取締役社長の浜田満さん(写真/菅野浩二)

「謙虚さ」「努力」「チームワーク」「野心」「敬意」といった五つの価値観の軸になるのが「行動規範」だ。時間を守る。シャツはきちんとパンツのなかに入れる。グラウンドに出入りする際は選手全員で並んで歩く。脱いだシャツはきちんとたたむ。世界屈指のサッカークラブは、育成段階において意外にも極めて日本的な原理原則を重んじている。

ミスを責めずに、前向きになれる言葉を

 社会で生きていくうえで必要最低限な型になじませる、という考え方と言っていいかもしれない。ヘスースさんは「サッカー選手としても人間としても、しっかり成長するためには基礎の部分がとても大切です」と言い、こう続ける。

「ゴールが決まったらみんなで喜びを分かち合う。達成感を共有することが『チームワーク』の強さにつながります。『自分はうまい』というおごりから味方のミスを責めるのではなく、うまいからこそ苦しいチームメートをサポートしたり、仲間が前向きになれる言葉をかけたりすることが『謙虚さ』や『敬意』を育みます。サッカーには『五つの価値観』を広げる場面がたくさんあり、私たち指導者はそういった部分に常に目を配っています」

「野心」や「努力」に関しては、自然と向上心を強めていく環境が整う。浜田さんは言う。

「日本のバルサアカデミーは、年代別に加え、レベル別にクラスを分けています。これは日本独自のシステムで、日本では他の国より同じ年代でもレベルの差が大きく、いわゆる『習熟度別』のほうが一人ひとりの成長を丁寧に促せると考えたためです。子どもたちはプレーだけでなく、普段の態度なども含む項目からなる評価シートで成長度をチェックされ、昇格することも降格することもある。上をめざすには当然、野心を持って努力を重ねる必要がありますよね」

バルサアカデミーの選手たち(写真/菅野浩二)

 ヘスースさんによれば、バルセロナが育成段階から「五つの価値観」を重視するようになったのには、しかるべき根拠がある。結局、下部組織からトップチームに昇格し、その後も活躍を続ける選手の多くは 「謙虚さ」「努力」「チームワーク」「野心」「敬意」の重要性を理解し、実行できているという実感があるからだという。これらを大切にできる人間こそが社会を豊かにしていく――いわば普遍的な価値であり、“最強”の哲学ともいえよう。

 イニエスタのようなサッカー選手になることは決して容易ではない。けれども、イニエスタのような心が整った人間になることは誰だって可能だろう。子どものころから充実した生き方と向き合える時間は、何よりも貴重だ。

(文/菅野浩二)

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