端的に言えば、不運。本人は言い訳に使わないものの、状態が万全でなかったのも事実だ。

 昨年11月に挑んだグランプリ(GP)シリーズ・ロシア杯の公式練習で4回転ループの着氷に失敗し、右足首を負傷。治療とリハビリを経て、今大会は約4カ月ぶりとなる復帰戦だった。足首はまだ完治していないという。「問題ない」と強がったが、実戦感覚も十分に戻っているとは言い難い。

 SP3位発進で、首位を行くチェンとは12・53点という大差。世界選手権史上、過去に例のない逆転劇をめざしてフリーに臨むことになった。だが、そんな瀬戸際で奮い立つのが羽生だ。五輪2大会連続金メダリストの意地を、ここからリンクに詰め込んでいく。

 フリー冒頭のジャンプに、全てをかけた。

「最初の難関であるループ、サルコーを乗り越えられれば。あとは、自分の体力を信じてやるべきことをやれば問題ない」

 特に、4回転ループ。このジャンプには、特別な思いがある。16年秋、世界で初めて国際スケート連盟公認大会で成功させたのが羽生だった。ただ、昨年2月の平昌五輪では確実に金メダルを狙いにいくため、プログラムから外した。

「五輪と違って、跳ばないといけない使命感がものすごくある」

 と語ったのは、今大会の開幕直前、19日にあった記者会見だった。とはいえ、昨年11月の右足首負傷の原因になった大技でもある。

「3週間くらい前、やっと50本に1本くらい(跳べるようになった)」

 治りきっていない右足で踏み切るジャンプだけに、無理もない。

 それでも、逆転には必須のピース。フリー本番の23日午前にあった公式練習では、繰り返し4回転ループを跳んだ。何度も失敗。成功率は決して高いとは言えなかった。だから、割り当ての40分間が終わってもリンク脇に居残り、イヤホンを耳に入れ、タブレット端末を見ながら約8分、体を動かして成功のイメージを膨らませ続けた。

 公式練習は時間が来ればすぐに引き揚げるのが通例。普段は見せない羽生の姿に、気づけば大勢のファンが背後の観客席に集まってしまった。それでも、構わない。

「周りからどういう目で見られようと関係なく、自分が絶対に納得できるまでやろうって」

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