原発事故後の福島をテーマに萩尾望都さんが描いた漫画『なのはな』が舞台化された。東日本大震災から8年。脚本・演出を手がけた倉田淳さんは、「風化に抗いたい」と話す。
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――劇団スタジオライフが東京で公演中の「なのはな」は、東京電力福島第一原発事故が起きた福島が舞台だ。原作は漫画家・萩尾望都さんが東日本大震災から間もなく描いた作品で、倉田淳さんが脚本・演出を担った。作品に込めた思いを2人に聞いた。
萩尾:東日本大震災が起こったとき、私は埼玉の自宅にいました。テレビに映る津波や原発事故の様子をただ眺めているしかできませんでした。福島第一原発から水素爆発の煙が上がったときは、チェルノブイリやスリーマイルのような事故が日本で起こったことが、本当にショックで。直接的な被害には遭っていないけれど、なにかしたい、しなければ、と思ったんです。
倉田:萩尾さんが原発事故後の福島に暮らす少女を主人公に『なのはな』を描いたのは2011年の6月です。6月はまだ原発事故がどうなるか、毎日ハラハラしていた時期で、みんなが呆然としているときに、素晴らしい作品が描かれたことに驚きました。
萩尾:震災や原発事故のショックがあまりに大きかったので、作品として外に出さないと先に進めないという気持ちがありました。私は福島の出来事について、直接的な関わりがなく、距離感があったので描けましたけれど、もしも家があったり家族がいたりしたら、その時の気持ちを語るだけで精いっぱいで、作品としては描けなかったと思います。だから、それぞれの立場でできることがあるなら、やってしまおう、と。
──それが萩尾さんにとっては、漫画を描くことだったんですね。
萩尾:普段、漫画のネームを編集者には見せないのですが、『なのはな』については、「これを描いて良いだろうか」と、相談しました。載せましょうと言ってもらったので、描きました。
倉田:『なのはな』を読んだとき、「萩尾さんが震災に真正面から向き合われた」と、作品が持つ希望とあわせて心に響きました。私も震災のときは東京にいて、テレビで津波や信じられないような映像を見るばかりで……。