マキタスポーツ/1970年、山梨県生まれ。俳優、著述家、ミュージシャンなど多彩な顔を持つ。スポーツ用品店だった実家の屋号を芸名に。著書に『すべてのJ-POPはパクリである』『一億総ツッコミ時代』ほか。映画「苦役列車」でブルーリボン賞新人賞受賞。新刊に『越境芸人』(東京ニュース通信社)
マキタスポーツ/1970年、山梨県生まれ。俳優、著述家、ミュージシャンなど多彩な顔を持つ。スポーツ用品店だった実家の屋号を芸名に。著書に『すべてのJ-POPはパクリである』『一億総ツッコミ時代』ほか。映画「苦役列車」でブルーリボン賞新人賞受賞。新刊に『越境芸人』(東京ニュース通信社)
イラスト:大嶋奈都子
イラスト:大嶋奈都子

 お笑い芸人のマキタスポーツさんによる「AERA」の連載「おぢ産おぢ消」。俳優やミュージシャンなどマルチな才能を発揮するマキタスポーツさんが、“おじさん視点”で世の中の物事を語ります。

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 平成を総括する話を性懲りもなく書く。各所で“平成総括景気”が右肩上がりだろう。おじさんは終わりを愛でがちだ。終わりにうっとりさせてほしい。以前、ここで平成の本当の流行語は「上から目線」だったと書いた。追加オーダーしたい。

 平成の流行語に「逆に」と「一周して」をエントリーしよう。どうだ。「どうだ!」ってこともないが、これは良い線いってると思う。だって、平成とは前の時代に比べて丁寧だったから。その前に、昭和という時代は雑だったことを思い出してほしい。要はウブで、おおらかだったということ。

「戦争」で考えてみよう。

 権益を拡大するために他人の土地を奪うとか、行く手を阻むなら相手と対話するより殺すとか、今日的な意味で「外交の最終手段」とされているようなことをそのまましていたのだし、また、やった後に「すいませんでした」と謝り、大きな賠償金が飛び交ったり。とにかく「小学生か!」ってぐらい素朴だった。それに比べ現代は、最悪の展開になる前の方策を模索するし、「リスクヘッジ」を念頭に分散投資し、掛け金を少なくして損害を軽減させるのが常套手段だったりする。国家を一人の人間と考えるとわかりやすい。それだけ生き急ぐことなく成熟したということだろう。昭和は若かった。

 つとに思うのだが、他者への関心が高い日本人の習性として、会話上のエクスキューズや、おもねりの言語がネット時代に呼応して発達したように感じる。文明の進歩に合わせて言葉の概念化が進み、神経過敏になってきているように思う。まるで“規定演技”の減点ポイントが増えたようだ。会話のオペレーション精度が極まり、芸術点も考慮されるようになった。

 簡単に言えばルールが増えた。お笑い界のテクニカルタームの「ツッコミ」とか「ボケ」、「スベる」「噛む」もその競技性に拍車をかけたし、ネットスラングの「オワコン」「情弱」「メシウマ」「賢者タイム」など、なんでもいいが、発した側からX線で身体中を検査されるよう。言葉のイミグレーションか。結局は被害を最小限にとめる工夫なんだと思う。「攻めより守り」が最大のテーゼなのだ。

 で、最初に書いた「逆に」と「一周して」である。

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マキタスポーツ/1970年、山梨県生まれ。俳優、著述家、ミュージシャンなど多彩な顔を持つ。子供4人。スポーツ用品店だった実家の屋号を芸名に。著書に『すべてのJ-POPはパクリである。』ほか。映画「苦役列車」でブルーリボン賞新人賞受賞。近刊に『越境芸人』(東京ニュース通信社)。『決定版 一億総ツッコミ時代』(講談社文庫)発売中。

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