なぜ長崎出身の医師が福島に移住? 地域医療に携わるやりがいは…

野村昌二AERA
東山晴菜さん。2018年3月から、浪江町の地域づくり支援専門員として、町のコミュニティーの再生・再構築の手伝いをする。一日の楽しみは「晩酌!」と楽しそうに話す(撮影/編集部・野村昌二)
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東山晴菜さん。2018年3月から、浪...

 原発事故から8年、かつての避難指示区域はいまだに安全性などの懸念から住民の帰還が進んでいない状況だが、一方で全国から移住した人たちがいる。そこに悲愴感はなく、前向きな姿勢で自分のできることを日々、取り組んでいる。

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 避難指示が解除されても原発事故前の暮らしを取り戻すのには、なお課題が多い。とりわけ人々が安心して暮らすには、地域医療の確保は不可欠だ。しかし、避難指示が出た12市町村の医療機関は、原発事故前の100から31(18年8月現在)に減った。そうした中、一時は全村避難した山あいの川内村に唯一ある医療機関「川内村国民健康保険診療所」に17年4月、所長として赴任してきたのが医師の木村悠子さん(37)だ。

「おじいちゃんもおばあちゃんもみんな楽しく生活しています。いま楽しんでらっしゃることをいつまでも続けられるようお手伝いするのが、地域医療に携わる私の役目だと思います」

 長崎県の出身で、長崎大学医学部を卒業。専門は血液内科だが、病院内だけでなくトータルに人を診たい、将来は地域医療に携わりたいと考えていた。また、震災後に長崎大学大学院で放射線の健康影響と疫学を学び、修了後は福島県立医科大学でその教育や避難地域での健康相談事業にかかわった。

 そんな時、同診療所の前任者が村を去ることになり代わりの医師を探していると聞いた。地域医療の経験がなく不安はあったが、現場を体験できるチャンスだと思い、手を挙げた。

 患者は1日30人ほど。高血圧や糖尿病、生活習慣病などを抱える60歳以上がほとんどだ。しかし、みな明るく暮らしている。グラウンドゴルフをしたり、買い物に行ったり……。そんな日常を、面白おかしく話してくる。

「先生の顔見たら元気でた~」

 必要とされていることを感じられるそんな言葉が、支えになる。

 村に来てもうすぐ2年。規則正しい生活を送り、人生が豊かになったと感じる。近所の人との交流も生まれ、夕ご飯に呼ばれたり、出張で村を留守にするときは飼っている猫の面倒もみてくれたりするのだと楽しそうに話す。

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