「小学校の先生はみんな食べるのがすごい速いと思いますよ」

 タイムスケジュール優先の黙食によって、「おいしいね」のひと言が発せられないことに危機感をあらわにする人もいる。「さくらしんまち保育園」の園長・小嶋泰輔さん(43)だ。

「そのひと言が食事を共にしている人との間に共感を生み、感謝の気持ちにもつながる。『おいしいね』が言えるかどうかは大きな問題です」

 同園では園児がランチタイム内の好きな時間に、好きな量、好きなおかずを選んで食べられる、セミバイキング形式のユニークな給食を実施している。そんなに自由にさせて大丈夫?

 取材に訪れると、ランチタイム開始を告げる軽快な音楽が流れ、おなかの空いた子からトレーを持ち並び始めた。

「サラダにエビ入っている? ぼくのには入れないで」

 と交渉する男の子。保育士の籠山(かごやま)人志さん(32)は皿からエビを除きながら、「1個くらい食べてみる?」と声をかける。5人で食卓につくのがルール。

 好きな友だちを誘いおしゃべりしながら給食を楽しみ、食べ終えると園児は食器を所定の場所に片付ける。しかしそこに「残飯入れ」はない。食べ残す子がほとんどいないからだ。小嶋さんは言う。

「食べたい量を自分で選んでいるので残さないんです。小さな子どもでも、自身が選択したことについては全うしようとする責任感が働きます」

 好き嫌いも放置しているわけではない。例えばトマトの嫌いな子の近くに、食べている子たちがいれば、保育士はトマトの会話を盛り上げながら食べ、おいしい雰囲気を作り出す。すると、つられて「ひと口食べてみようかな」となる。そこからスモールステップを踏む。友だちの影響力は大きく、集団で食べるからこそできる偏食解消法だ。

「人が最もおいしく感じるのは空腹で楽しいとき。食べる時間を自由にしているのは、小学校と違い登園時間に2時間近くの開きがあるからです。一律の時間に押し込んで食べさせようとしても、おなかが空いていない子には苦痛でしかありません。楽しく食べる環境をいかに作るかがとても大事です」(小嶋さん)

「おいしい」は幸福感のベースになり、豊かなコミュニケーションを生む。栄養や調理など、給食では「食事の質」については手厚く議論がされてきたが、「食べる時間のあり方」については後回しにされてきた。大事にすべきものは何か。丁寧に考えていくことが必要だろう。(編集部・石田かおる)

AERA 2019年3月4日号より抜粋