iPadの新製品への意気込みの強さを現場で感じる一方、その発表会の際、日本から取材に来ていたITライターの一人がぽつりと漏らした言葉を思い出した。

「9月に出たiPhoneの新製品、なんか日本の携帯各社では期待していたほど売れてないらしいんですよねえ」

 昨年10月末といえば、年明けの「アップル・ショック」につながった四半期のまっただ中だ。ITライターの言葉を聞いたときは「クックは、iPhoneの売れ行きがいま一つだから、iPadに力を入れているのかな」という程度にしか私は思わなかった。が、今になって考えれば、クックには当然、足元の販売減速が如実に報告され、それが、彼がiPadをあれだけ懸命に売り込む姿勢につながっていたのだろうと思う。

 かつてジョブズのもとで新製品開発に携わった関係者によると、彼は製品の細部にこだわり、現場に何度も「ノー」を突きつけた。以前はジョブズの決断の執行役だったクックはいま、自身の決断のセンスと想像力を問われる立場にいる。

 そのクックはほかにも手を打とうとしている。いま一番注力しているのは「サービス事業」の拡大だろう。

 アップルは1月末に10~12月期決算を発表した際、アプリケーションをダウンロードする「アップストア」、決済サービス「アップルペイ」、クラウドサービスなどのサービス事業の売上高が前年比で19%増加したと強調した。「iPhone事業」に頼る、いわば一本足打法に陥っている状況を変えるため、安定収入が見込めるサービス事業の拡大を図っているのだ。

 ただ、サービス事業はまだ、iPhone事業の5分の1の規模にとどまっている。

 それを一気に拡大するため、アップルが立ち上げようとしているのが、独自コンテンツを配信する動画サービス事業だ。ネットフリックスやアマゾン・プライムが大きく先行するなかで、アップルはどこまでこの市場に食い込むことができるのか、iPhoneの販売減を補うような成功を今から収めることが可能なのか……。業界内では3月末ともうわさされる動画配信サービスの中身を注視している。(文中敬称略)(朝日新聞記者・尾形聡彦)

AERA 2019年3月4日号より抜粋